2005年シーズンを振り返る
毎月寄稿させてもらっている「紫熊倶楽部」ですが、先月出た06年1月号には実は記事を2本送りました。1本はもちろん、シドニーFCとコリカについて書いたこと。ちょうど締切直前に出張でシドニーに行っていたのでそこでの観戦記を書いたのですが、実はそれが締め切りに間に合わないことを想定して、別の記事を送っていました。内容的にはもう古くなってしまったし2月号には別の記事を送ったので、もう掲載されることはないはず。せっかく書いたのに日の目を見ないのはもったいないので、ここにアップしておきます。
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2005年シーズンを振り返る
瀬戸秀紀(SANFRECCE Diary)
優勝争いに絡む、と言うことを目標に掲げてスタートした2005年シーズン。第4節まで1勝もできずに苦しんだもののその後は良いサッカーを展開して、一時は2位に上がりました。そして夏場の苦しい戦いを何とか凌ぎましたが、しかし最後は失速して第32節終了時点での順位は10位。期待、不安、歓喜、そして失望と、様々な感情を経験することになった一年でした。
この一年をどう評価するか。結局中位に終わったと言うことで「やっぱり今までと変わらないではないか」と言う気持ちのサポーターも多いような気がします。2位になった、とは言え全体の三分一を過ぎたばかりの頃のことで、最後まで上位に絡めなかったのは確か。これでは優勝争いに参加したことにはならない、と言う意見には一理あると思います。
また、ずっと下の順位だったはずのC大阪が最後まで優勝争いに絡み、残留争いに巻き込まれていたはずの大分が一気に上昇した、言うことも、印象に影響しているのでしょう。これらのチームとサンフレッチェは戦力的に大きな違いはないはずなのに、なぜ勝てなくなったのだろう、と疑問に思うのは当然の事だと思います。
ただ、物事はやはり大きな流れの中で見るべきだ、と思うのです。Jリーグ二年目にステージ優勝を果たしたサンフレッチェでしたが、その後主力の放出などもあって低迷。なかなか外から良い選手を取れない、と言う状況の中で、自ら育てることでチームを強くしようと言う方向性を打ち出しました。ユースから選手を育てる、というのはクラブ作りの王道。しかし、時間がかかってしまうのはやむを得ないことです。今のサンフレッチェは本当に強いチームを作るための、遥か遠い道のりの半ばにあるのです。
今年ナビスコ杯を取った千葉も、リーグ優勝を勝ち取ったG大阪も、どちらもユースからの育成に定評のあるクラブです。そしていずれも長い低迷期を経験して、そこから徐々にチーム力を上げてきたと言う歴史を持っています。千葉はオシム監督の、G大阪は外国人選手の能力がクローズアップされる事が多いのですが、それだけでなく長い歴史を歩んだ結果として今がある、と言うことを忘れてはいけません。
昨年我々サンフレッチェのサポーターは、ユースの躍進に熱狂しました。才能のある選手がそろい、全員が労を惜しまず走り回る、組織的で美しく、そして強いサッカー。そこには未だ実現していない、トップチームの理想像がありました。G大阪や千葉のようにユース育ちがチームの中心になっていけば、きっと強いチームを作ることができる。サンフレッチェはそう言う夢を見ることが許される、数少ないチームの一つなのです。
今年、序盤戦で良い戦いができたのは、外国人や移籍選手の活躍があったからでした。そしてその流れを持続できなかったのは、レギュラーを脅かすような下からの突き上げが少なかったからではないか、と思います。しかしリーグ終盤になるに従って、若手選手が次々に試合で起用され、そして普通にプレーできるようになってきています。彼らはまだ、チームを変えるほどの存在にはなりきれていないかもしれない。でも少しずつ力を付けて来ているのもまた確かだ、と思います。
今年はサンフレッチェから、初めてユース育ちの日本代表が生まれました。これまで年代別代表を多く生み出して来たことを考えれば、これはまだきっかけにしか過ぎないはずです。ユース育ちの選手がレギュラーの大半を占め、その中から何人もの日本代表選手が生まれたとき。その時こそサンフレッチェが、「優勝を狙う」と大きな声で言えるときなのではないでしょうか。
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