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2014/02/02

彼女に注目するな

先日理研の小保方晴子博士らが発表した「STAP細胞」の論文の内容は、世界的な注目を集めるニュースとなりました。これまでは、一度成熟してしまった(分化した)動物細胞は二度と「万能細胞」には戻らない、と言うのが生物学の常識。再生医療を実現するためには分化する前の「ES細胞」を用いるか、あるいは遺伝子を操作して「iPS細胞」を作るしかない、と考えられてきました。これを例えて言えば「成熟細胞は初期化ルーチンを失っている」と考えられていた、ということ。山中さんの業績のキモは「初期化ルーチンが無いのであれば外から与えればいい」と考えて、遺伝子導入によってそれを実現してみせたことだと思います。胎盤から取り出さなければいけないES細胞とは違ってどんな細胞からでも作れるiPS細胞は、倫理的な問題を避けることができる。山中さんの2012年のノーベル賞授賞の理由は「成熟細胞が初期化され多能性をもつことの発見」でしたが、その裏にはローマ教皇庁からの「難病治療につながる技術を受精卵を破壊する過程を経ずに行えることになったことを賞賛する」と言うお墨付きがあったからだ、とも言われています。

このような中で今回の小保方さんたちが成し遂げた成果は、「成熟細胞でも初期化ルーチンが保存されていること」を明らかにしたことに尽きます。細胞が分化し成熟する過程で初期化ルーチンが消去されていたわけではなく、分化後にサブルーチンの中を回っていただけであることが分かったこと。成熟細胞にも初期化ルーチンがちゃんと残っていて、何らかの方法(今回は酸性溶液に浸すこと)で戻すことができることを示すことができました。これは山中さんのノーベル賞授賞理由とほぼ同じ内容の研究結果だとも言えるのですが、外から遺伝子に直接働き掛けることによって初期化されるのとは違って、もっと根源的なメカニズム(それこそ「神が何をしようとしていたか」)が分かったことになります。山中さんの「成熟細胞が初期化され多能性をもつこと」と同じ理由でノーベル賞は与えられないのが残念なのですが、研究成果としてはiPS細胞を遥かに越える業績であることは間違いなく、将来的に別の理由でノーベル賞が与えられることになるのは確実だと思います。

さて、弱冠30歳にして超特級の業績を挙げた小保方さん。彼女が素晴らしい研究者であることに異論はないのですが、ただ今後の行く末についてはいささか(と言うかかなり)心配にです。その第一の理由は、この結果があまりにもシンプルな方法によって得られたこと。彼女にしかできない実験技術やアイディア、あるいは超高価な実験機器を使ったわけではないので、この分野のどんな研究者にでも再現できる(であろう)ということです。競争が激しい分野ですから同じような研究をしているライバルは何千人も(もしかすると何万人も)いるわけで、その人たちは小保方さんをキャッチアップしようと一斉に同じ実験をしているでしょうし、またそのバリエーションの実験を始めているはず。となれば小保方さんが10年かかってもできなかったような実験が、ほんの数ヶ月でされてしまう可能性は高いと思います。今回作られたSTAP細胞は生後1ヶ月のマウスの細胞でしかできなかったそうですが、それがもっと成熟したマウスの細胞や、あるいは他の動物の細胞を使って実現すると言うことは、誰か他の人があっという間にやってしまうかも知れない。特にiPS細胞を扱っている研究者ならばヒトの細胞を使って同様の実験をする道具もスキルもあるので、ヒトの細胞でSTAPが発見されるのもそう遠くないことのように思います。だからといって彼女らの研究の価値が下がるわけではなくむしろ上がるのですが、しかし小保方さん自身の成果は今後尻すぼみになる可能性は高いのではないか、と心配します。

またそれ以外にも、今回のセンセーショナルな発表に伴う彼女を取り巻く環境の激変が研究に影響するのは避けられない、と思います。マスコミによる研究以外の面(例えば研究室のデザインがどうとか、割烹着がどうとか)についての報道はどんどんエスカレートするでしょうし、彼女の周りにこれまで知らなかったような「親戚」や「友人」「知人」が大量に現れて交通整理に困る、と言う状況も生まれるでしょう。専門分野に関わる講演依頼だけでなく専門外の分野や素人相手に至るまで様々な「お呼び」がかかるのも間違いないし、いろいろな大学や研究所のポストのオファーも山ほど来るに違いありません。その中から自分にとって役に立つものと立たないものを冷静により分けて対応できるかどうか。研究者を何年も続けて得られる「経験」がほとんどない若手研究者には困難な壁が、この先に幾重にも待ち構えているように思えてなりません。

彼女が所属する理研は大きな組織だし、彼女の上司もそう言う経験が豊富な人たちなので、そのへんのことについてはちゃんと考えていると信じたい。しかしながら、所属機関や周りのサポートだけでは対応しきれないことも多いのではないかと思います。将来性のある若手研究者が潰れてしまわないように、そしてより大きく成長できるように。それなりに経験を積んだ研究者の端くれとして、今は彼女をなるべくそっとして、より一層研究に専念できるようにしてあげて欲しい、と強く思います。

#いっそのこと、騒ぎが収まるまで外国に行って研究を続けた方がいいかも知れません。

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