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2013/02/16

第4回いわきサンシャインマラソン

いわき市、と言えば僕にとっての故郷の一つだ。小学校5年生の途中から中学2年生を終えるまで過ごした3年半は、「仮面ライダーごっこ」から「初めて書いたラブレター」に至るまで甘酸っぱい思い出に満ちている。僕たちがショッカー基地に想定していた裏山は切り開かれて国道6号線のバイパスが通り、通っていた小学校も中学校も改築されて面影も残っていないが、しかしそこに行って目をつぶって風に吹かれればいつでも40年前のことを思い出すことができる。僕にとってのいわき市は、そんな土地なのだ。

そのいわき市でフルマラソンの大会が開かれる、と言うことを知ったのは2年前。大地震が海沿いの街に深い爪痕を残し、原発事故による風評が観光客の足を遠ざけていた頃のことだ。僕はその時妻と一緒に湯本温泉に入りに来たのだが、老舗旅館の女将さんは物見遊山の僕たちに「来てくれて嬉しい」と言ってくれたのだった。そんないわき市で、震災の被害に遭った海岸沿いをルートにしたマラソン大会が開催される、となれば、たった3年半とは言えこの街で育った僕にとしては、走らないわけにはいかない。

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勿来駅の近くに宿を取って迎えた2月10日の朝。昔から「東北のハワイ」と言われていたいわき市は気温こそ低かったものの快晴で、絶好のマラソン日和だった。これまでの大会では天気が崩れることもあったらしいが、この日はまさに「サンシャインマラソン」にふさわしい絶好の天気。およそ4,500人のランナーたちは、ゲストとして来ていた増田明美さんの応援の声に応えながらいわき陸上競技場をスタートしたのである。

本格的に走り始めて3シーズン目。各シーズンに4回ずつフルマラソンを走っているのだが、4時間を切ったのは各シーズンで1回ずつ、と言うのが僕の実力である。最初のシーズンは初マラソンの「ふくしま飯坂マラソン」で完走し、3レース目の勝田全国マラソンでネットで4時間を切ることができた。しかしその次のシーズンは最初のつくばマラソンで3時間52分46秒の自己ベストを出した後、一度もサブ4を達成できなかった。そして迎えた今シーズンは、初レースだったつくばで3時間50分57秒の自己ベストを更新した後風邪で3度も寝込んでいる。よって今回は記録は狙わず楽しんで走る。それが僕の、いわき市に対するレスペクトの形だった。

いわき陸上競技場を出て、しばらくはアップダウンの多いコースが続く。走路は決して狭くはないのだが、参加者が多くなかなかペースが上がらない。ただそれは、練習不足かつアップを全くしていない(これはいつのレースでも同じなのだが)僕にとっては好都合、なのだ。2週間前に引いた風邪が治りきらず、いまだに痰が詰まって咳き込むことがあるのだが、その時はその時、と言うむしろ気楽な心持ちで走れば良いのだ。

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スタート地点から約13km。ここからコースは海岸線に出る。2年前の大震災では津波に洗われた地域なのだが、しかしこの日の海はあくまで穏やかで太陽の光を反射してきらきら光っている。反対側の車線は、第一折り返し点から戻ってきた選手たちが猛スピードで駆け抜ける。僕自身も身体が温まって、気持ち良く「クルージングを楽しむ」と言う感じだ。走路の横を良く見ると標識が曲がっていたり住宅敷地が空き地のまま残っていたり、と津波の影響がそこかしこに見えるのだが、しかし沿道は地元の人の応援でいっぱいだ。その人たちから、「頑張れ」「頑張れ」の声が途切れなくかけられる。だけど、本当に頑張っているのは僕たちじゃない。あの地震から2年間、失われたものを取り戻そうとしてきた地元の人たちなのだ。こんな福島に来てもらってありがとう、と言う意味なのかも知れないけれど、本当に感謝の言葉を言わなければならないのは僕たちの方だ。いわきを走らせてもらってありがとう。それが、僕たちの本当の気持ちだ。

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コースは大漁旗に彩られた江名漁港で折り返して小名浜へ。三崎公園の坂を越えて下りると、トンネルの向こうではたくさんの漁船がお出迎えだ。距離的にはほぼ中間地点。僕に向かって多くの人が「広島頑張れ」と言ってくれたのは、きっと着ていたサンフレッチェのユニを見て地元出身の高萩洋次郎選手を思ったからに違いない。僕は沿道の子供たちとタッチしたり、あるいは声援に応えながらいつも以上のハイペースで小名浜を駆け抜けた。

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ところが、そんな良い気持ちで走った後に報いを受けるのがマラソン、と言うもの。このあたりは人生と同じだ。小名浜は漁港としての顔と同時に工業地帯としての顔も持つのだが、マラソンコースの後半はまさに工業地帯としての小名浜だ。日陰も応援の声もない、片側2車線の広い道が延々と続く。一緒に走っているランナーの荒い息や自分に気合いをかける声、そして自分自身の喘ぎ声。どんなマラソンでも30kmを過ぎてからは自分自身との戦いがメインとなるのだが、この大会のコースは嫌でもその事実に向き合わさせてくれる。「ここまで来たんだから何としても4時間を切りたい」と言う思いと、「どうせ自己ベストは無理なんだから、完走すればOKでしょう」と言う思いの相克。エイドで飲み物を取る時にペースを落とすと、必ず「このまま歩いてしまえば楽なのに」と言う声が聞こえてくる。それでも、足を前に動かすのだ。しかも、これまで以上に大きく、力強く。4時間近くも走った後には、普通に走っただけではダメなんだ。これまで以上に強い気持ちで前に進まなければ、ペースを維持することはできない。ゴールが近づけば近づくほど力を込めなければならないと言うのも、どこか人生に似ているかも知れない。

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結局、タイムはグロスで4時間を切りネットで3時間56分。昨年、一昨年のつくばマラソンには及ばなかったけど、でもこの時期としてはベストのタイムが出た。これは3年間の蓄積で、地力がついたと言うこともあると思う。だけどそれだけじゃなくて、きっと地元の人たちの応援の力もあったんじゃないだろうか。津波の被害が酷かったのに、原発の影響もあるのに、それでも元気に生きようとしている人たちがいる。そんな人たちに僕ができることはほんの少しのことでしかない。でも、まずはそこに行くこと。観光地に行ったり、旅館に泊まって温泉に入ったりマラソンを走ったり。そんな「普通のこと」の積み重ねが、本当の復興に繋がるんじゃないだろうか。

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コメント

昨日は気温マイナス。でも毎日寒さに負けていたら歩けなくなる。一週間ぶりで信夫山へ。駐車場に岩手ナンバーの大型バスがいた。「福島応援ツアー」です。福島市民は昨年から 盛んに岩手県へ「買い物ツアー」を行っているが 私達も参加して非常に感謝された。
お互いの優しい気持に 胸が熱くなりました。 

投稿: せときょうこ | 2013/02/18 17:22

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