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2007/08/31

ILLの保健物理

午前中はNISTの申請書を見直し、細かいところを修正して提出した。

昼過ぎに理学部に行っていくつか仕事をしていたのだが、その途中でILLで実験する前にも"Health Physics Training"(保健物理)を済ませなければならないことが判明した。この保健物理、NISTの時には英語の文章を沢山読み、かつそれを理解して問題に答えると言う形で半日以上かかる大変なコースだったのだが、ILLはやってみたらそうでもない。ビデオを見ながら説明を聞いて簡単な問題に答え、もし間違っていてもまたチャンスがもらえると言う形で1時間弱で済ませることができた。

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2007/08/30

JSTの安全点検

午前中はNISTの申請書を見直して、色々と細かな修正を加えた。そして昼前に発明センターを出て理学部へ。組合の支部委員会に出席する。それが終わった後発明センターに戻ると、JSTの人が既に来て実験室の点検をしていた。うちの研究室はICORPのプロジェクトが走っているのだが、特に部屋や研究環境を分けることなく一緒に研究をしている。そこでJSTの人たちは研究室全体を視察して、地震や火災など災害が起きた時に安全かどうかなどのチェックをした。

その後の時間は論文読みなどをする。またKEKに行っている山田君が実験に来たので、いろいろと議論をした。

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2007/08/29

どうするNIST

論文用の図を作るために改めてNISTで測定したNSEのデータを見直してみたのだが、どれを見ても綺麗なstretched exponentialだとは言い難い。リン脂質系の膜間距離が大きい時にはちゃんとstretched exponential になると言う結果が得られているのだが、膜の間隔が狭すぎるとそう言うわけには行かないのかも。解析はもう少し進めるつもりだが、もしかすると条件を変えた実験をした方がいいかもしれない、と思い立って、明日が締め切りのNISTの申請書類を急きょ準備することにした。

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2007/08/28

書類書きいろいろ

朝イチでグローバルCOEの書類をチェック。これを北畑さん経由でTさんに回して、何とか1日半遅れで提出できた。また午前中ルネに行って、ヨーロッパ行きの保険をかけたりiWork '08を買ったりしてきた。

午後は長尾さんから届いていた2つの書類のチェック。どちらも締め切りが近いので集中して直した。

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2007/08/27

Dan君来たる

今日からAndelmanの学生のDan君がvisitorとして研究室にやってきた。身長2m近くの長身だが物腰は柔らかく、また日本にも馴染もうと努力しているようでナイス・ガイである。今日は一緒に昼食を摂り、その後MH君を紹介してディスカッションをしていてもらった。

午前中から北畑さんや秘書のTさんと断続的に打ち合わせしながら、グローバルCOEのための書類作りを進める。またその合間には吉川さんからのメールに対応したり、論文読みをしたりした。

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2007/08/24

書類作り

朝イチで学部の授業の成績を入力を済ませて締め切りに間にあって良かった、と思っていたら、それ以上に大変な締め切りがあったことが判明。今走っている21世紀COEの後を継ぐことになるグローバルCOEの申請の基礎となる研究室のデータを、今日中に提出しなければならなかったのである。慌てて院生とOBにメールを書き、学会発表と論文のデータを送ってもらうように手配したのだが、全員の分が1日で集まるはずもなし。止むなく前野さんに連絡して来週まで締め切りを遅らせてもらい、今日中にできる事だけをしておくことにした。

その他の時間は12月に招待されている「日台中性子散乱セミナー」のためのアブストラクトを書いたり、Softmatter Conferenceのproceedingsの準備をしたりした。

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2007/08/23

東京から戻る

昨日は遅くなることを予想していたので、上野駅の近くのホテルに泊まった。今日はそこで目覚めて京都に戻り、昼前に発明センターへ。すぐに理学部に移動して組合の理学部支部の会議に出席し、その後6号館のオフィスでいろいろと仕事を進めた。

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2007/08/22

新化学発展協会

今日は東大本郷の山上会館で講演をしてきた。この新化学発展協会で話すのは5年前に続いて2回目なのだが、今回は土井先生がやっているOCTAプロジェクト関係の研究会で、前に比べると少しインフォーマルな感じのセミナーだった。私の今回の講演タイトルは「ソフトマターの非平衡秩序」と言うもの。今まで平衡状態の物性の研究を中心にやってきた私にとっては少々チャレンジングなタイトルである。内容的にはMH君の「GUV形成過程」の話とYS君の「液滴のアメーバ状自発運動」の話が中心だったのだが、どちらも概ね面白い、と言う評価だったと思う。ともあれ無事済んで良かった。

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2007/08/21

明日の発表準備

今日は主に明日の「新化学発展協会」での発表の準備をする。タイトルは「ソフトマターの非平衡秩序〜物質から生命現象の理解へ」と言うもので、我ながら背伸びし過ぎではないか、というほどのもの。少なくともこれまで「非平衡」をタイトルにして話をしたことが無いので、本当にちゃんと話せるかどうか少々心配だ。と言うことで今日の午後は6号館の居室に1人籠って、プレゼンの資料作りに集中した。

ただ、学振への外国人招聘の申請締め切りが今日までなので、その書類作りにある程度時間を割かなければならなかった。本来は教授と秘書とで進める仕事だったのだが、ギリギリになって手を出さざるを得ない状況になってしまったためやむを得ない。

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2007/08/20

研究者への道II(3)

しかし、マイクロエマルションに高圧をかけると言う実験で本当に面白い結果が出たのは翌年(97年?)のことだった。博士課程に進学した長尾さんと一緒に「何か新しいことをやってみよう」と考えて、いくつかのテーマを準備してSANS-Uでの実験に臨んだのが確か5月ごろのこと。その中で水と油の組成を同じにしてAOTと混合した系に圧力をかけたところ、綺麗な相転移が見えた時は本当に興奮した。長尾さんにまずはconference paperとしてまとめてもらい、続けて再現性のチェックの実験や条件を変えた実験を行い、ようやくPhysical Review Eに論文が出たのが99年のことだった。その間に長尾さんは一足先にこの結果を認めてもらった形で物性研の助手になり、その後温度変化の実験なども行った結果をまとめて東大で論文博士の学位をもらった。

一方私は、と言うと広大の学生と一緒にX線小角散乱の実験を行ってJournal of Chemical Physicsなどに論文を書き、あるReview Paperで「重要な論文の一つ」として紹介されたりもした。その後川端さん(現首都大)と一緒にやった中性子スピンエコー実験では、世界最初の加圧下でのNSE実験と言うことでその成果はPhysical Review Lettersに載ることになる。更に日本油化学会の学会誌「オレオサイエンス」に掲載された総説論文では、その年の論文賞をもらうことになった。

好村先生からの勧めで始めたソフトマターの実験。マイクロエマルションを選んだのも、圧力を選んだのもかなり偶然に左右されてのものだったが、たまたまやってみた実験で良い結果が出たと言うところに、自分の運の良さを感じずにはいられない。その時その時で良い学生に恵まれたことや、新しいことを始めようとするタイミングで研究費が当たったことなども含めて、私が研究者として自立する上で非常に重要な結果だった、と言って良いであろう。そしてこれによってテーマ選びから研究資金の獲得、マシンタイムの確保、実験、そして学生の育成や論文としてまとめるところまで「研究」の一連の流れをほぼ自分の力だけでできたと言うことで、ようやく自分が「研究者」になれた、と実感することができたのである。

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発表練習

今日は午前中から、院生とポスドクによる発表練習会。月末に広島で「ソフトマター若手勉強会」が開かれるのだが、そこで発表を予定している10人のうち7人が発表する内容について紹介し議論した。ただ、本番までまだ1週間以上ある(教授の海外出張の都合のため今日になった)と言うこともあってか、全体的にあまり練れていない、と言う感じだった。

その他の時間は、主に明後日の「新化学発展協会」での講演のための準備などをした。

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2007/08/17

研究者への道II(2)

1991年と言うと、インターネットなんて全然一般的ではなかった時代。e-mailは使えていた記憶はあるものの、それほど使い勝手は良くなかった。だから湾岸戦争がどうなっているのか現地のテレビや新聞などで情報を仕入れる他には方法がなく、心配した好村先生が日本の新聞をまとめて航空便で送ってくれたりしていた。ユーリッヒの近くのNATOの基地から戦闘機が飛んで行くのが見えたり、ドイツ人が反戦集会をしていたり、と落ち着かない雰囲気が続いていたのだが、しかし私が帰国するちょっと前に戦争は終結して直接の影響はなしに終わった。

ところでその時の実験だが、ユーリッヒの原子炉は何かのトラブルで止まっていて使えず、ホストのSchwahnの伝手でデンマークのリゾ国立研究所へ行って実験することになった。Schwahnの車に私ともう1人の研究者が乗って、1日がかりで海峡を越えてロスキレの町へ。当初の出張予定ではデンマークに行くことになっていなかったため、ややこしい日程変更の手続きをしなければならないなどトラブルもあったが、しかし実験そのものは成功だった。特に最初に意図していた実験がうまく行かなかったのでSchwahnとMortensenと相談して狙いを変え、マイクロエマルションの臨界現象に絞って実験を進めたのが良かった。自分は学位を取ったとは言えまだまだ研究者としては半人前だ、と思っていたのだが、それでも外国の研究者と英語でコミュニケーションをとり、ちゃんとした研究としてまとめることができたと言うことは良い経験になったし、また自信にもなった。特にこれはソフトマター関連の研究の最初のものだったと言うことで、自分の「研究史」の上からも重要な意義を持ったものだった、と言える。

この「臨界現象」の話に続いて取り組んだのは、圧力効果を調べる実験だった。ソフトマターに圧力をかけると何が変わるのか。後から考えて結構重要な内容が含まれていることが分かったのだが、発想はわりとシンプルで、阪大の時代に同じ研究室で圧力実験をしていたグループがあったことや、Schwahnが中性子小角散乱の圧力実験に取り組んでいたこと等から思いついたのだった。ただ最初は単なる思いつきだったのだが、そのアイディアを日産財団の申請書と形でまとめ、それが採択されたところから動き出す。ちょうど同じ時期に似たようなことをしようとしていた京大工学部の橋本先生のグループと半分ずつお金を出し合って中性子小角散乱用の圧力セルを作ることに決め、橋本研の学生だった武野さん(現群馬大)とうちの研究室に来たばかりの長尾さん(現NIST)とともに光高圧機器に行き、社長と相談してセル作りを進めたのだった。そしてそのセルが完成したのが長尾さんがM2の年の、もう冬になろうかと言う時期。それから大急ぎでSANSの実験をし、マイクロエマルションの臨界現象が圧力によってどう変わるか、と言うデータを出して、何とか修論としてまとめたのだった。

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2007/08/16

研究者への道II(1)

1月から3月まで不定期で「研究者への道」と言う連載を書いた。私がなぜ物理学者になる道を選んだのか。中学生の頃の体験から始まって学部生、大学院生の時期に何を考え、何をしていたのかを振り返ったものだ。先日これをまとめて自分のホームページにアップしたのだが、改めて読み返してみてもう少し書くことがあったような気がしてきた。と言うことで、お盆休みの間にちょっとだけ続きを書こうと思います。

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私が学位を取ったテーマは、Fe-Pd合金のマルテンサイト変態をX線回折と中性子散乱を用いて調べた、というもの。就職した研究室の「上司」であった好村滋洋、武田隆義の両氏ともに中性子散乱が専門で、合金系のスピノーダル分解などの業績がある。と言うことで私は博士課程での仕事の流れのままで行くことができるのだろう、と漠然と思っていた。もちろん、京大原子炉やKEKでのビームタイムの時には一緒に行って手伝ったりはしたのだが、それ以外については好村先生も武田さんから特にこれをしなさい、と言われることもなかったので、とりあえずD論の結果を投稿論文にまとめたりしつつ何をしようかな、と考えたのだが、しかしあまり良いアイディアも浮かばなかったのでマルテンサイトの続きでもしようか、と物性研の共同利用に申請書を出そうとしていた。ところがその直前、好村先生から「待った」がかかったのである。せっかく新しいポジションに来たのだから、新しいことをした方が良いのではないか、と強くsuggestionされたのだ。

好村先生は1980年代からリン脂質系や液晶などの研究などを行っていたのだが、私が赴任する前後にIsraelachivilleの話を聞く機会があって「これからはマイクロエマルションだ」と言う考えを持っていたらしい。日本ではまだ「ソフトマター」なんて言葉を聞くことも無かった時代。私自身、かつて液晶をやっていたにも関わらず今後そちらに発展するだろう、等と言う意識は全く持っていなかった。ただ大学院生時代に高温超伝導(今で言う酸化物超伝導)に多くの研究者がこぞって飛びついたのを見ていたので、「固体物理には開拓すべき分野はあまり残っていないのではないか」と言う感触も持っていた。また「マルテンサイト変態」を一生続ける価値のあるテーマだとも思っていなかったので、好村先生のsuggestionに素直にうなずくことが出来たのである。

そんな感じでマイクロエマルションをテーマに研究してみよう、と決めたのが確か広大に行って2年目に入ってすぐぐらい。京大原子炉で予備的な実験をして、中性子小角散乱と言う手法にも慣れたところで、突然ドイツ行きの話が降ってきた。武田さんが酸化物超伝導体の磁束線格子を見ようとする実験をドイツのユーリッヒでやってきたものの目ぼしい成果が出なかったので、代わりにお前が行って何かやって来い、と言われたのだ。そして私がドイツに到着して数日後の1991年1月17日、アメリカ空軍がイラクへの空爆を開始して、いわゆる湾岸戦争が始まったのである。

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2007/08/14

休暇前日

午前中は「新化学発展協会」の講演の準備を少々。また研究室のスタッフで集まって、予算の使い方についての相談をした。また中国人留学生YJ君の実験の内容についての議論につきあった。

自転車のカギを自宅に忘れてきてしまったので、理学部まで歩いて行く。6号館の居室は核理論の人が不在で蒸し暑かったので、早々に退散して発明センターに戻る。昨日途中まで書いた論文原稿を少しだけ書き進め、休暇中にも仕事をある程度進めることが出来るようにUSBメモリに必要な書類をコピーして今日の仕事を終えた。

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2007/08/13

本当に最後の実行委員会

午前中は発明センターの方で、主に来週予定されている「新化学発展協会」の講演のための準備を少しだけした。昼食を早めに食べて理学部6号館に移動して、午後からNISTデータを元にした論文執筆に本格的に取りかかる。NASの設置などいろいろと手当てをした甲斐あって発明センター、6号館の両方のオフィスの仕事の環境はほぼ同じようになっているのだが、6号館の方は机が広いため資料などを大きく広げて仕事を進めることができる。またディスプレーも巨大なのが2台付いていることもあって、やはり仕事の環境としてはこちらの方がずっと良い。おかげで?今日はイントロの部分をほぼ書き上げることができた。

夕方、SAS2006現地実行委員会の「慰労会」に参加する。昨年7月に行ったSAS2006だが、プロシーディングス編集や報告書作り、収支の締めなど残務整理がいろいろあって、ごく最近ようやく全部の仕事が終了した。これはひとえに、この根気の要る仕事を着実に続けていた松岡さん(と柴山さん)の苦労があったからこそ、である。今日は長村実行委員長の音頭のもと、橋本組織委員長やほとんど全ての実行委員、それにずっとこれらの仕事を支えてくれた秘書さんも集まって、祇園の某所で「本当に最後の実行委員会」を行った。

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2007/08/10

京都の夏

何年住んでも慣れることはできない、と言われる京都の夏。このところとにかく暑い、と言う日が続いているので今日は思い切って涼しい格好(短パンにポリエステルのTシャツ)で行ったのだが、逆にクーラーをかけるとむしろ寒さが身にしみると言う感じになってしまった。京大の学内だったらそう言う時にはクーラーを止めて窓を開ければいいのだが、発明センターの部屋は地下室で風通しが悪い上に網戸がないので窓を開ける気にならない。それで結局、身体が冷えたら外に出て暖めてくる、と言う訳の分からないことをしていた。

お盆が近づいたためか人も少なく、論文読みに専念。徐々に論文の構想が固まってきた。明日、明後日は週末で休みだが、別にやることもないので下書きでもするかな?

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2007/08/09

堀内さんのパーティー

そろそろNISTのデータを論文にまとめようと思っているのだが、それに向けて主に論文読みをした。

そして夕方、第二教室を昨年退職した堀内先生の「紫綬褒章受章記念パーティー」に出席する。原子核理論の人なので最初は出席するつもりはなかったのだが、世話人の菅沼さんから誘われたためOKしたのだ。出席者のほとんどは知らない人ばかりだったのだが、学生時代の友人が何人かいたので彼らといろいろと話ができてよかった。

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2007/08/07

ギガビットにしたけれど

午前中早速6号館に行き、昨日買ったギガビットのハブを設置してNASへのデータ転送をしてみた。しかし体感速度はそれほど速くなった感じはしなかった。念のためケーブルも全てカテゴリ5以上であることは確認したのだが... データ転送の待ち時間の間にKS君の論文原稿をチェック。その他にいくつかメールの読み書きをして、昼前に出張に出発した。

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2007/08/06

VLAN間通信

今日はまず、8/22にやることになった「新化学発展協会」における発表のアブストラクトを作って世話人の人に送る。また明後日の出張のための準備を行った。

ところで6号館に立ち上げたNASだが、今日見に行ったら無事コピーが終了していた。50GB程度をコピーするのに80時間もかかったのだが、その主な原因は途中でエラーが出て止まっていたから。実質的にはおそらく半分以下だったのだろうと思う。ただ、それにしても遅いので何でかなー、と思って良くみたら、途中に挟まっているハブが10BaseTだった。今まで普通の使い方(メールやブラウジングなど)をしている限りでは10BaseTだろうがギガビットだろうがあまり関係なかったのだが、ファイル転送となるともろに効くみたいだ。と言うことで、発明センターに戻るついでに早速ギガビット用のハブを買って帰った。

因みに発明センターと6号館のそれぞれのKUINS-IIIのポートはVLAN間通信で繋いでいて、ファイル転送のプロトコルも通るようになっているはずなのだが、パソコンの「ネットワーク」等で見ても反対側のサーバが見えないので「またKUINS-IIIの設定ミスか」と思っていた。ところが今日情報技官の人に設定を調べてもらいつつどうすれば良いか確認し、その上でIPアドレス直打ちで接続を試みたらあっさりと繋がった。と言うことで、NASを介して発明センターと6号館の間の行き来を楽にする、と言う作戦は、ようやくうまくいきそうだ。

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2007/08/03

新しいタイプのカウンター

昼過ぎにリガクの人が挨拶に来る。何でもスイスのPSI(ポールシェラー研究所)が開発した新しいタイプの2次元カウンターが発売直前になった、と言うことで紹介したかったらしい。検出領域は若干狭いもののバックグラウンドの低さでIPより優れていて、カウントレートを高くできることと斜め入射に強いことでガスカウンターよりも高性能だとのことで、話を聞く限りではとても良さそうだった。RI棟にあるSAXS装置に欲しいのはもちろんだが、それ以上にPFのSAXSのためにあったらいいな、と思った。

午前中はメールのやり取りなどをして、研究室の運営などについて打ち合わせをする。午後は6号館のオフィスに行って、KS君の論文の修正をしたりNISTのデータを論文にする準備など。そして夕方は組合のビアパーティー(今年は生協の「北部祭り」と共催)に行った。

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2007/08/02

6号館に篭る

今日は論文読みに集中したかったので、朝から夕方までずっと6号館の居室にいた。台風が来たら帰るのが面倒かな、とちょっと心配だったのだが、結局夜まで全く降らず。今回の台風5号(「ウサギ」と言う名前なんだそうな)は西日本直撃コースだそうだが、ここ京都への影響は無さそうだ。

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2007/08/01

修士の中間発表

午前中、修士課程の学生の中間発表会を行った。今年は研究室にM2が4人、M1が1人いるのだが、それぞれ現状がどうなっているのか、今後どのように修論や学会発表に向けてまとめて行くのかを発表してもらい、議論した。

その他の時間は国際会議関係の仕事をしたり、論文原稿を読んだり修正したりする。この中で特に問題なのがKS君の仕事で、新しい論文としてまとまりつつあるのだがまとめ方の方向性の選択肢がいろいろあって非常に悩ましい。

更に一昨日立ち上げに失敗したNASは何とか使えるようになったのだが、データのコピーに時間がかかる上にたまにエラーが出た場合にOKボタンを押さなければならないので、今日は2度6号館に足を運んだ。

と言う感じで今日もいろいろあって、長尾君の論文原稿を読むのもなかなか進まず、自分の論文(NISTのデータを元にしたもので、8月に入ったら書き始めようと決意していた)に至っては1行たりとも書けずに終わった。

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