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2006/02/16

桂雀三郎独演会

前はいつだったか忘れたぐらい久々に、落語を聞きに行ってきました。場所は京都アバンティホールで、京都ミューズ主催の「桂雀三郎独演会」。枝雀門下の雀三郎さんと彼の一番弟子の雀喜さん、三番弟子の雀太さんの3人による2時間半にわたる熱演でした。

京都ミューズによる桂雀三郎独演会は今回が2回目。前回は空席もあったそうですが、今回は指定席は前売りで完売で当日券は立ち見のみ。360人以上が収容できるホールは開演前からいっぱいでした。

最初に高座に上がったのは雀太さん。兵庫から大阪に向かう船の中が舞台の「兵庫船」と言うネタで、初めはともかく最後は大ウケでした。続いて雀三郎さんの「親子酒」。ネタふりからエンジン全開で、いつになったら羽織を脱ぐのだろう、と心配になるほど。うどん屋での「ボケツッコミ講座」は絶品で、客席はあっと言う間に引き込まれました。3番目は雀喜さんの「貧乏花見」。雀三郎さんの「崇徳院」で中入りとなりました。

最後はもちろん雀三郎さんで、ネタは「わいの悲劇」。古典芸能に通じた一家に日本文化に興味があるアメリカ人が訪れる、と言う話なのですが、細かいことはどうでもいいんです。とにかく能、歌舞伎、浪曲、宝塚から歌謡曲や松竹新喜劇まで様々な芸能を次々とネタにする手法、それを次々と演じ分ける技量と、その面白さには脱帽です。全編大爆笑の渦で、これだけでも入場料3,000円の元が取れた、と思いました。

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2006/02/13

耐震強度=0.26!

姉歯建築士の問題で世間に知られるようになったビルやマンションの「耐震強度」。日本では大地震が起こるたびに建築基準法における耐震基準が強化されているのだそうですが、1981年に定められた基準では「震度6の地震でも倒壊しない」というものが採用されていて、この条件を満たさない建物は建ててはいけないことになっています。構造計算書に基づいて計算して、震度6に耐えられる最低の数字が1.0。姉歯建築士が計算書を偽造した建物はこの数字を下回っていて、特に0.5以下の22件については震度5の地震でも倒壊する可能性がある、と言われています。

この耐震基準ですが、81年以前は震度5に耐えられることが条件だったのだそうです。と言うことは、それ以前に作られた建物はこの耐震強度が0.5以下である可能性が高いことになります。実際、この「耐震強度1.0」の基準を満たしている建物は全国で75%程度だそうで、大地震が続いている昨今の状況を考えるとすぐにでも補強工事を行わなければ危ない、と言われています。

と言うことで私の職場のある京大理学部5号館ですが、昭和40年代の建築だということもあって何と耐震強度が0.26しかないのだそうです。これは震度5弱では危ないと言うことで、中越地震や福岡沖地震ぐらいの大きめの地震がくればぺしゃんこになってしまう可能性が高い、と言うことです。

このような状況では危ない、と言うことは実は「耐震偽装」が問題になる前から分かっていて、数年前には耐震補強を名目にした建て替えが計画に上がっていました。が、そんな中でやって来たのが国立大学の法人化。大学の自由度が高くなる、とは名ばかりのこの「改革」により、その後は補強計画の話は全く聞かれなくなってしまいました。

姉歯建築士やこの問題に絡んだ会社の責任は、コストを優先して国が定めた基準を守らなかったことにあります。つまり住む人の命よりもお金を優先する、と言う思想が問題なのです。彼らが施工主やユーザーを騙した責任はもちろん大きいのですが、根本は生命・財産の危険を軽視しているところにあると言えます。

そう言う目で見ると、我々の建物が危険であることを知りながら20年以上に渡って放置してきた国の責任は、ある意味姉歯建築士以上に重いと言って良いのでしょう。その罪が更に重いと言えるのは、こちらが求めたわけでもない法人化を契機にして耐震補強の計画を止めてしまったこと。おそらくこれからは建物の改修は大学の責任だと言うことなのでしょうが、しかしそもそもこれまで放置していた責任を果たさず大学になすりつけるということは、二重の責任逃れであると言わざるをえません。

あれだけ盛り上がった耐震偽装問題も、何も得るところのなかった証人喚問が終わると急速にしぼんでしまった感があります。しかし、本来この問題は規制緩和により審査基準を緩めた国にも責任があるはずで、これについては解決しているとは言えません。その上疑惑のあった政治家との関わり等についても、全く明らかになっていないままです。結局のところ私の職場の問題は、政府や与党が国民の安全に対してちゃんと責任たしているかどうかと言う意味で、同じことなのではないでしょうか。

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2006/02/07

ソニーのクリエ

頭の記憶回路が怪しくなって予定を忘れることが多くなったので、最近は研究室のデスクトップ(PowerMac G5)のiCalでスケジュール管理をしています。iCalは.Macとシンクロさせてネット上のどこからでも見れると言うのがメリットなのですが、ファイアウォールの関係で研究室から.Macに接続することができません。と言うことで、少し前から端末としてPalmのm505を使っていて、結構重宝していました。

ただ、さすがに作られて5年?も経った機種ということでいろいろと問題がありました。一番困ったのはバッテリーが弱っていて、1日使うとインジケータが半分になってしまうこと。ネットで調べると自分で交換するキットなども売っているようですが、そこまで思い入れのある機種じゃないし、機能にもいまひとつ物足りなさを感じるし、と言うことで、最近クリエに手を出してしまいました。

ソニー製のPalm OS PDA=クリエ。長年作り続けていたものの携帯電話の高機能化のためか市場が狭くなり、ついに開発を中止したという曰く付きの商品です。つまり世間的にはもう終わっている商品で、既に新品では手に入らなくなってしまいましたが、だからこそ手に入れるのは最後のチャンス、と思ってというわけです。

手帳スタイルの最終機種となったTH-55は、無線LANも付いていてWebのブラウジングができるのはもちろん、POPメールを見ることもできます。純正のままでMacとの同期はできないのですが、Missing Syncと言うソフトを買えばiCal等との連係ができて、その上iTunesやiPhotoのデータを落とすこともできます。m500では機能的に物足りないと思われる部分が多かったのですが、これなら使える、と思いました。

で、使ってみた感想ですが、確かに使い勝手は良くなっていると思いました。特に日本語入力が段違い。m500はローマ字入力するしかなかったのですが、クリエはフリーハンドで書いた漢字をちゃんと認識してくれます。もともと英語圏の商品を日本語化したものと日本で商品化したものの使い勝手が違うのは当たり前なのかも知れませんが、それにしても新しいだけある、と思いました。

ただそれ以外の機能はいまいちと言うか何と言うか、とにかく作り込みが甘い、と言う感じがしました。例えば、音楽プレーヤーの部分。iTunesからの転送は比較的簡単なのですが、クリエで再生するソフトがイマイチ。演奏中はバックライトも含めて表示が出っぱなしだし(何か設定があるのでしょうか?)、一度止めてもう一度演奏しようとすると一番前の曲に戻ってしまうし、シャッフルモードに変更したのも忘れてしまうし。クリエがiPod shuffleの代わりになるかも、と言う私の希望は、無残にも打ち砕かれてしまいました。ウォークマンで一時代を築き、今はネットウォークマンでiPodに対抗しようとしているソニーのソフトにしては、ちょっとどうかな、と思える出来でした。

とは言え、本来のスケジューラとしての機能で言えば特に文句はなく、辞書やメモ帳、時刻表としても使えるというのはなかなか便利。日本でもiTunes携帯が出てMacと自在に連係できるようになるまでは、使い続けることになりそうです。

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2006/02/03

韓日中性子科学研究会

昨日から「第6回韓日中性子科学研究会」のために東海村に来ています。毎年行われているこの会議は今年が6回目。昨年4月に太田で行われた会議の続編、と言うことになります。これまで日本の中性子散乱研究はアメリカやイギリス、フランス、ドイツ等の欧米各国との関係が強かったのですが、アメリカでもヨーロッパでも原子炉への風当たりが強くなり、加速器を作ることもそう簡単ではないと言う現状にあります。その一方で韓国や中国などアジア各国では続々と中性子散乱の施設が作られつつある、と言う流れを考えると、世界的にアジアやオーストラリア等の地域を無視するわけにはいかない、というのがトレンドになってきています。その中で日本は技術的にも、またユーザーの数から言っても他の国と比較して一歩前にいるので、アジア・オセアニア地域での中性子散乱研究をリードしなければならない、と言う役目があります。

と言うことで今回、東海村で行われている「韓日中性子」(因みに韓国で開催されるときには「日韓中性子」になる)には、初めて台湾の研究者も招かれました。台湾は数年前に新しい研究用原子炉の建設を取りやめ、他国の中性子源での装置開発を進めつつあるところ。これまではオーストラリアとの協力が先行していましたが、地理的に近い日本や韓国との協力はぜひとも進めたいところでしょう。欧州、米国と並ぶ世界の「第三極」を作りたいと言う日本側の思惑と一致して、これまで以上に盛大な会となりました。

私は昨年初めて(仕事で)韓国に行ったわけですが、台湾は残念ながらまだ一度も行ったことのない土地です。この研究会が発展して「日韓」から「東アジア」に昇格したら、ぜひとも台湾での会議にも行ってみたいものです。

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