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2004/09/20

初めての青森

hakkoda

 先週、物理学会出席のため青森に行ってきました。東北出身の私ですが、青森に行くのは初めて。どんな見どころがあるんだろう、と色々な人に聞いてみたのですがいまいち「お勧めスポット」が見えてきません。自分自身のイメージも、「津軽三味線」とか「恐山のイタコ」とか「八甲田山と十和田湖」とか「白神山地」とか青森市からはやや距離のあるところばかりで、学会の合間にちょっと遊びに行くというわけには行かないかもなー、と思いつつ、伊丹発のJAL便に乗りました。

 学会の会場は、青森市郊外の青森大学。私立のこぢんまりとした大学で、初めはなんの変哲も無い学校だな、と思ったものです。しかしこの大学は「青森山田学園」の一つだと聞いてまずびっくり。青森山田、と言えば卓球の福原愛選手が所属する学校というだけでなく、サッカーや野球などが全国大会に出場するなど良く名前を聞く学校です。また進学にも力を入れているそうで、「東大特別進学クラス」と言うのまで作ってやっているとか。是非は別にして、いろいろと活発に取り組んでいる学校だったんですね。

 その青森大学がある場所は青森市幸畑と言う地名なのですが、何でもそこらへんはかつて旧日本陸軍の関連施設があった場所だそうで、近くに「雪中行軍遭難資料館」があります。新田次郎氏の小説「八甲田山死の彷徨」と映画「八甲田山」で知られる1902年の遭難事件(200名余りが雪山で遭難死した)に関する資料館で、今年リニューアルオープンしたものです。この時に遭難した第五連隊の将兵が着ていた装備と同じものが展示してあったのですが、これでー20℃の吹雪の中を行軍していたらそりゃ死ぬわな、と実感しました。

 でも、青森市を特徴づけると言う意味で一番重要なのは、青森が東北本線と奥羽線の終点で青函連絡船の発着地点だった、すなわち交通の要衝だったということでしょう。写真はかつて青函連絡船の一つとして本州と北海道を結んでいたうちの一つ「八甲田丸」と青森ベイブリッジで、八甲田丸は今は連絡船のミュージアムとなっています。88年3月の青函連絡船の廃止から16年。その記憶も徐々に風化しつつある中で、エンジンが動かない状態で青森港に浮いた状態で保存されている八甲田丸は、当初は多くの見学者が訪れたのに最近はかなり減っているとのこと。やや「軽い」印象はありましたが、連絡船に乗ったことのない私にとっても非常に興味深いものでした。

(続きます)

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