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2004/08/31

ウォーターボーイズ2 第9話

 柳の下に三匹目のドジョウがいるか、と言うのは結構深刻な問題で、その出来不出来によってシリーズ全体の評価も決めてしまうと言ってもいいぐらいなのではないでしょうか。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「スターウォーズ」は三作目への展望を持ちながら二作目を作った(「ロード・オブ・ザ・リング」なんて最初から三部作だった)から外さなかったし、日本作品では大林宣彦監督の「尾道三部作」や山田洋次監督の「家族三部作」なんかは、それぞれ独立した作品だったから良かったのだと思います。逆に、例えば「ターミネーター」。せっかく二作目で最初の作品を越えるのが出たのに、三作目で台無しにしてしまいました。同じような例は「TAXI」とか「マトリックス」とか「ジュラシックパーク」とか、色々あるのではないかと思います。要は二作目までに確立した世界観をどのように継承し、どのように打ち壊すか。そのへんのさじ加減が難しいのではないでしょうか。

#因みに「ロッキー」とか「エイリアン」とか「13日の金曜日」とか「男はつらいよ」とか、延々と続くシリーズものはまた別だと思います。

 と言うことで今回のウォーターボーイズは、最初は舞台だけ変えてストーリーは同じですよ、と言う雰囲気がかなり全面的に出ていました。主題歌が同じなら挿入歌も同じ。主人公はまるで前作のタテノリ君そのものだし、困難に打ち勝ちながらシンクロチームを作っていく、と言うプロセスも同じ。ここぞと言うところでパンツが脱げると言うパターンまで同じで、こりゃ完全に三匹目のドジョウ狙いか、と思いました。

 ところが、です。ここ数回の展開は、ずいぶん雰囲気が変わってきたように思います。ボーイズの中心の5人が順番に悩んで脱落してまた戻ってくる、と言う前回同様のパターンになるのかと思えばさにあらずで、彼らはいろいろ問題を抱えつつも常に団結して困難に対処します。今回むしろ悩んでいるのは周りの女の子や大人たちで、彼ら(彼女ら)がボーイズに勇気づけられる、と言うパターンが多いのです。つまり、一言で言えば今回のウォーターボーイズは前回の発展形。彼ら自身の悩みは一応棚上げして(つまり自分たちで解決してもらうことにして?)、その周辺の「社会」を描こうとしているのかも知れません。

 と言うことで、第一回に20%オーバーの数字を叩き出しながら一時は10%程度まで「沈没」した視聴率も、このところ徐々に回復傾向にあるとのこと。ウォーターボーイズは三匹目のドジョウを、ようやくつかみかけているのかも知れません。

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2004/08/26

Buffaloのハードディスク

MacがOS-Xになってかなり安定して、0S-9以前よりも良くなった面が多いと思うのです。でもその分、トラブった時のリカバーの大変さは考えもの。今年、自宅で妻が主に使っているiMacが突然カーネルパニックを起こした時には大変でした。一通りの回復の手当てをしたものの全部ダメで結局はフォーマットしてフルインストール。個人データも全部消えてしまって、妻と息子にはずいぶんと恨まれたものです。(僕のせいじゃないのに... ^_^;)

てなわけで、転ばぬ先の杖と言うことで大容量のハードディスクを買ってきて、内蔵のHDDのフルバックアップを取ることにしました。なんせうちのiMac、なぜか私が出張していて妻が使っているときにトラブルを起こすのです。だからいざというときにシステムが立ち上がるハードディスクが必要です。Macの場合USB接続だと起動ドライブにはなりませんが、Firewireならほとんどの場合起動できるとか。と言うことでお店でじっくりと商品の箱を調べてみると、I・OデータのHDDには「Mac OS-Xの起動は出来ません」と書いてあります。一方Logitecには何も書いていなかったのですが、ホームページを見るとちゃんと「起動できる」となっています。そしてBuffaloは、と言うとこれも何も書いていない。でもI・OデータとLogitecの例から考えれば、何も書いてないということは起動できると言うことだろうと思って、ほんの少しだけ安かったこともあってこれを買ったのです。

でも、買ってみて箱を開いて、マニュアルの隅々まで良く読んでようやく自分の過ちに気づきました。誰も気づかないようなところにこっそりと、「Macの起動ドライブにはなりません」と書いてあるんです。実際、ものをつないでシステムをインストールしようとしてもだめ。Buffaloがいったいどこのコントロールチップを使っているのか知りませんが、きっとどこかの古くて安いのを使っているに違いありません。因みにこのことをサービスに電話して(これもなかなか繋がらなくて大変だった)文句を言ったのですが、口では「済みません」とは言うものの「外付けとして販売していますので起動ディスクにはなりません」の一点張り。別に嘘を付いているわけでは無いのですが、とても誠実だとは言えませんよね?

と言うことで、慌てて購入したSofmapに行って「Macの起動ドライブになります」と大きく書いてあるヤノ電器のHDDに交換してもらいました。本来Sofmapは「お客様の都合による交換はしません」がポリシーらしいのですが、事情を説明したら快く対応してもらえました。てなわけで、今のところ私の中で、Buffaloの商品はペケです

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2004/08/23

この世の外へ/クラブ進駐軍

終戦直後の日本で、進駐軍相手に演奏するジャズメンとアメリカ兵の物語。コテコテの大阪出身、坂本順治監督が「9.11同時多発テロ」に刺激されて製作し、スタッフは「武器を楽器にかえて」と書かれたTシャツを着て撮影したのだそうですが、そう言うエピソードから感じられる「政治色」は全くない映画です。

登場人物は皆、時代の波に洗われながら必死で自分の人生を生きている。フィリピンで終戦を迎えた者。家族が被曝した者。弟と生き別れになった者。弟を殺された者。戦争はそれぞれの人生にそれぞれの傷を残し、それが故に対立し、別々の道を歩むことになります。しかしそんな彼らの心を通じさせ、再び結びつけたのが楽器であり、音楽でした。そしてそれを再び引き裂いたのが、別の戦争。監督のメッセージは、しっかりと伝わってきていました。昨年公開の作品で、この6月にはもうDVDが出たと言うことは商業的にはあまり成功しなかったのかもしれませんが、良い作品だと思います。お勧めです。

ところで重要な脇役としてオダギリ・ジョーが出演します。「新選組!」ではクールで無口な斎藤一を演じていますが、この作品では元気で明るくて、しかし心の中に闇を抱えているドラマー役を好演しています。果たして彼の「地」はどっちなんでしょう?

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真紅の優勝旗、北へ

夏の高校野球は駒大苫小牧が打撃戦を制して優勝し、真紅の大優勝旗はついに北海道にもたらされることになりました。

これまで東北・北海道勢の優勝が無かった高校野球。福島県出身の私にとっても、優勝旗の「白河の関越え」は大きな関心の一つでした。私が物心付いた頃には三沢高校(青森)が延長18回の末の再試合で敗れ、磐城高校も決勝で敗れ、その後も仙台育英や東北高校や、多くの高校が決勝の壁にはね返されてきました。最近はかつてほど高校野球にのめり込むことはなくいつの間にか大会が終わっていたことも多かったのですが、それでもやはり気になるもの。特に今年はダルビッシュが率いる東北高が優勝候補の一つだということで、今年こそ東北勢の優勝か、と思って期待して見ていたんです。

それが、東北高は勝ちを目前にしてエラーから敗れ、聖光学院も逆転さよならホームランで敗れ、ああ、今年もダメだったかと思ってました。駒大苫小牧が北海道勢として初めて決勝に進出したわけですが、しかしどうせまた決勝は負けるんだろう、と思っていたのです。

しかし、苫小牧の子どもたちはたくましかった。打たれても打たれてもはね返し、最後は突き放して堂々の優勝です。そこには「北国チーム」のひ弱さはありませんでした。東北勢が何度も挑戦して弾き飛ばされて来た「白河の関」の壁を、一気に突き破ってみせてくれました。とにかくおめでとう、と言うしかありません。

ただ、その一方で「北海道にまで先を越されてしまった」と残念に思う気持ちも無いでもない、と言うのが正直なところ。白河の関を越えてそのまま津軽海峡まで越えてしまった優勝旗を、次こそ東北が取って欲しいもんです。

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2004/08/09

脳味噌が煮える京都の夏

chionji.JPG

今年から家族も京都に来たもので、京都にずっと住んでいる人と「広島から来ました」と言う話をする事が多いのですが、そう言う時に良く聞く言葉が「京都は暑いでっせー。とにかく脳味噌が煮えるぐらい」あるいは「京都は寒いでっせー。とにかく芯から冷えてかなわん」云々。多くの人が、京都の気候の厳しさを強調するのです。

でも、こう言う事ってどこの地方でもそれなりに話題になることなんですよね。このへんの近くでは夏の大阪。昼も夜も暑いのですが、特に朝凪、夕凪の時間帯の蒸し暑さと言ったら我慢ならんもんがあります。逆に寒さで言えば(このへんの近所で言えば、ですが)比叡山や琵琶湖の北部〜東部。北西からの季節風の通り道にあたるのか、雪は意外に多いし寒さもなかなかのものです。だから京都の暑い、寒いの話を聞いても「まあしかし他所にはもっと暑い(寒い)ところがあるんだから」と心の中で言っているわけです。

しかし、今年の夏はさすがに特別かも知れません。とにかく日の出の時間帯から日の入りまでずーっと太陽が照りつけて、人間を直接、あるいは地面を通して間接的に熱してくれます。盆地の空気は底に淀んで、夜になっても去る気配はありません。実際に天気概況を見ると京都が他の地方よりも暑いこともしばしばで、ああ、京都の夏はやっぱり暑いんだと納得せざるを得ないわけです。

ただ、京都の庶民はこの気候と1,200年間つき合って来ています。いくら暑くても寒くても、それに耐えるための「生活の知恵」は持っているはず。例えばその一つが、開放的な造りのお寺なのかも知れません。

京都に限らず日本の家を作る場合、夏の暑さをどう和らげるか、が重要な問題です。それに対して昔の日本人は、家をなるべく開放的に造って風を最大限に利用しよう、と言う建築をしてきたわけです。実際、京都に暮らしてみると案外風は吹いているもの。方向も強さも一定しませんが、それでも暑さによって生じる汗を冷やすぐらいの効果はあります。

脳味噌が煮えるほどに暑い、と言う京都の夏。しかしそれほどまでに暑く感じるのは、もしかすると家を締め切って外との接触を断つ最近の日本人の傾向に問題があるのかも知れない、と言う気がするのです。

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