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2004/07/29

今度はウクレレ

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この前ギターを手に入れようとしていたときに、ホームページでいろいろと情報収集をしていたのですが、その時にたまたま京都の楽器屋さんで「ウクレレプレゼント」をしているのを見つけました。どうせもらえないだろう、と思いつつ応募したのですが、そしたら何と!428名もの応募者のうち10人の当選者に入ってしまいました。写真がその「カラーウクレレ」。Made in Chinaの、まあ高級とは言い難い楽器ですが、しかしそれでも一応木製で「おもちゃ以上」のものでした。そこで早速、「ウクレレ入門」なる本を買ってきて試してみました。

てっきりギターの小さいのみたいなものかと思っていたのですが、これが全然違うんですね。4つの弦の音がソドミラになっている上に4弦が1弦の1音下。音叉の音が1弦に相当していて、続いて4-2-3の順に音を合わせていくらしく、こりゃ知らなかったら絶対に合わせられません。その上ナイロン弦は結構伸びるので、落ち着くまでは何度も合わせないといけません。最初適当にやってたときは、楽器がダメなのかと思ってしまいました。

しかし、いったんチューニングが合ってしまうとこれが面白い。持つのが楽でコードが(ギターに比べて)簡単なので、気軽に弾けてしまいます。「3日で弾ける」の教程も、30分ほどでクリアできてしまいました。私にとってのウクレレは牧伸二の「あーやんなっちゃった」なのですが、それもわりと簡単にできちゃいそう。しばらくは楽しめそうです。

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2004/07/21

マイノリティ・リポート

この映画はトム・クルーズ主演のSFで、原作はフィリップ・K・ディックです。ディック原作のSF映画と言うとアイディアだけもらって自由に翻案して新しい作品にすると言うパターンが多いのですが、これもそれです。原作と同じ設定を使っていますが、経過も結果も全く違うものになっていて、なかなか意外な結末が待っています。原作を読んだ人にも読んでない人にもお勧めですが、トム・クルーズのロマンスや派手なアクションを期待している人にはがっかりかも知れませんのでご注意のほどを。

ところで、ディック原作の映画で一番有名なのはたぶん「ブレードランナー」だと思うのですが、この「マイノリティ・リポート」はその「ブレードランナー」の未来社会をかなり意識しているんじゃないかな、と思いました。「ブレードランナー」の社会はいかにもありそうだったにも関わらず、今見るとディスプレーがブラウン管。その点だけがちょっと残念だった(^_^;)のですが、まああの時代なら仕方がないでしょうね。この「マイノリティー・リポート」の社会がどれだけ本当の未来を予見しているのか、あるいはしていないのか。ちょっとばかり楽しみではあります。

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2004/07/19

ああ、憧れのストラトキャスター

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誰でも音楽にはまる時期というのはあると思うのですが、私の場合は中三の時でした。二年生から三年生になるときに親の仕事の都合で転校したのですが、行った先の中学校の友達と、バンドを作ろう、とかレコーディングしよう、とか盛り上がっていたわけです。私は小さい頃から親にヴァイオリンを習わされていたのですが、いまひとつのめり込むことができず止めてしまったのですが、それにかわって心の中に入って来たのがロックやフォーク等のポップミュージックでした。友人の1人が特に音楽に詳しくて、ギターやドラムをやってたので学校で一緒に歌ったりタイコを叩く真似をしたりしてたのです。

そうなると当然自分でもギターやドラムが欲しくなるわけですが、ドラムセットを持っていたって置くところも無ければ叩くところも無い。と言うことでギターに狙いを定めて?(自分では買えなかったので)親に交渉して、たぶんテストの成績が良かったらとかなんとか理由を付けてやっとのことで買ってもらいました。でも、買ってもらったのはアコースティックのフォークギター。本当はエレキが欲しかったはずなのになんでアコギになったのか今では覚えていないのですが、たぶんエレキはうるさいとか何とか親が反対する理由があったんでしょうね。僕自身はやっと買ってもらったギターで結構練習したのですが、高校生になり勉強が忙しくなるにつれて徐々に手にすることもなくなり、そのうち忘れてしまってのでした。

と言うことで、当時の私にとっての憧れだったエレキギターですが、一番好きだったのはストラトキャスターだったのです。なぜストラトか、と言うと実は自分でも良く分からないのですが、たぶんレスポールは見た目がアコギと大きく違わないし、かと言ってフライングV等は突飛だし、とかの単純な理由だったのではないでしょうか。とにかく私にとってのストラトは最もエレキらしいエレキで、エレキギターを買えなかったと言うことがストラトへの憧れ、と言う形で残ったのかもしれません。

とは言え、かつてエレキに憧れていたことなんて四半世紀ほどすっかり忘れていたのです。それがなぜ今になって思い出したのかと言うと、実はこれも「ちゅらさん」なのです。恵達君がギタリストになった、と言うのももちろんあるのですが、それよりも堺正章が扮する父親が、いつも泡盛を飲みながら三線を爪弾いている、と言うシーンに「これだ!」と思った次第。

欲しい、となったらすぐにお店に走るのが大人ってもんなのかも知れませんが、どうせどれだけ弾くかも分からないので中古でもいいやと思ってヤフオクへ。そこでもともと8万円強だったと称するFernandezのストラトタイプのギター(ただしジャンク扱い)を見つけて落札しました。送ってきた時には値段相応にオンボロだったのですが、さすが元はそこそこの品だけあってきっちり掃除して弦を張り替えてやると蘇るもの。厄介だったフロイド・ローズのトレモロシステムも何とかクリアしてチューニングも済ませて、今やすっかり私の「愛機」になりました。

踊る阿呆に見る阿呆、ではありませんが、何にしてもただ見る(聞く)より自分でやる方が楽しいもの。それは音楽も同じだと思います。そして音楽の良いところは、自分1人で練習できて自分で到達点を確認できることだと思います。ようやく手に入れた憧れのストラトで、少なくともしばらくは楽しむことが出来そうです。

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2004/07/10

一人前になる、と言うこと

先日に引き続いて「ちゅらさん」のネタ。先週末にハッピーな出会いをしたエリーと文也君は今週は「結婚」に向けていろいろな人に相談するのですが、その中で「お互いに『一人前』になったら結婚しよう」と決めます。そしてそこでエリーはいろいろな人に「一人前になるということ」について質問して回るのです。

それを見ながら私自身も考えました。自分が「一人前」になったと言えるのはどんな時だったかなーと。

研究者志望の大学院生は良く「一人前と言われるには3つの基準がある」と言われます。学位を取ること、結婚すること、就職すること。この3つがそろって一人前だ、と言うわけです。学位(博士号)は、大学院生として一つまともな研究をした、と言う証明です。それに対して就職、と言うのはその研究内容と人物に対する将来性の評価。そして結婚はもちろん、社会人としての評価に繋がります。

そう言う外的な評価からすると、私は博士課程を終えた時にその3つのアイテムが揃いました。(もう15年も前の事ですけど。)でも、自分の中ではそれで「一人前」とはあまり思えませんでした。研究者は自分でテーマを探して研究を進め、論文を仕上げるところまでできて一人前。その中には申請書を書いて研究費を取ったり、学生を指導して学位を取らせると言うプロセスも含まれるわけです。私自身、それらを含めてトータルで「一人前」と言えるようになったのは、30台も半ば以降のことだったように思います。

でも、その後も修業が終ったか、と言うとそうでもないように思います。助手のポストに就いている人は次は助教授にならないといけないし、助教授はいつかは教授にならないといけない。グループの一員として働くだけでは一人前とは言えず、やはり研究室を主宰しないといけないでしょうし、研究費も沢山の人を養えるほどの大きなのを取ってこないといけないものです。すなわち上述の「3つの基準」よりも後にも沢山の基準があるわけで、それらを次々とクリアしていかないとなりません。もしかすると後から考えたら、今のこの時期はまだ半人前だったなー、とか思ってしまうのかも知れません。

結局のところ、人は常に成長するわけです。だから「一人前」と言ったって、そこで終りではないわけです。逆に言えば一人前と言う基準は逃げ水みたいなもので、どこまで行っても到達できないもの。むしろそれを目指す事に、価値があるのだと思います。エリーと文也君がどのような結論を出すのか、どの段階で一人前と判断するのか、注目したいと思います。

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2004/07/07

結婚してから恋愛したっていいじゃないか

現在NHKのBS2で「ちゅらさん」の再放送をやってます。私は最初の放送の時にはほとんど見てなくて(確か最後の1ヶ月ぐらいだけ見たはず)、総集編でだいたいのストーリーをフォローして「ちゅらさん2」を見た、と言う感じ。だから今回の再放送は結構気合いを入れて見ています。昨日はちょうどエリーと文也君が古波蔵家に行って結婚を申し出る、というシーン。先週から今週にかけて一つのクライマックスを迎えているわけです。

その中で昨日は若い2人が反対する両親を説得しようとしていたわけですが、そこでタイトルの「結婚してから恋愛したっていいじゃないか」と言うセリフが出てきます。真理亜さんはこれを「この2人は特別だから」と説明するのですが、でもそれって別に特別でも何でもない、と思うんですよ。

私自身の事で言うと、妻とは5年ほどつきあってから結婚したのですが、しかしだからと言って十分だったかと言うとそうではない。いや別にダメだったとか言うんじゃなくて、話は逆。むしろ結婚してからの方が深まった、という事なんです。人と人との付き合いというものは何年過ぎたから十分という事はありません。付き合いが長ければそれだけ深まるもので、それが夫婦の間ならなおのこと。むしろ夫婦だからこそ、お互いをそれまで以上に思いやる必要があるのだと思います。

そう考えると、夫婦の間はむしろ結婚してからの方が大事なんだ、と思います。だから個人的には結婚前に恋愛して完結するよりも、結婚後にしっかりと「恋愛」する方が幸せになれるんじゃないかと思うのです。結婚してから恋愛したっていいんじゃなくて、むしろ積極的にそうすべきなんじゃないか、と思います。

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2004/07/06

ビューティフル・マインド

ビデオに録ったまま未見だった作品を、最近ようやく見ました。2002年度のアカデミー賞の主要4部門を受賞した作品は、前半と後半とで全く違う展開スリリングな展開で飽きさせません。別にドンパチがあるわけでも主人公が逃げ回ったりする訳でもないのですが、主人公役のラッセル・クロウの微妙な心理描写が絶妙でした。

ただ全体的なトーン、こう言っちゃ何ですが「○○と天才は紙一重」と言う描き方はいささか疑問に思いました。主人公のジョン・ナッシュは実在の数学者で、「ゲーム理論」でノーベル経済学賞を受賞している、いわゆる「天才」です。そしてそのキャリアの途中で「統合失調症」にかかり、それを克服したと言う事も事実だそうです。この統合失調症とはかつて「精神分裂病」とも呼ばれた病気で、幻聴や幻視、被害妄想などの症状が現れると言われています。原因については諸説あってまだ良く分からないと言うのが本当のところのようですが、しかし「天才」だからなる、というものではない。むしろ総人口の中で1%程度の発病率の割合普通の病気で、地域や性別による違いもないと言われているそうです。

ほとんどの数学者は、普通の人。統合失調症を患っている人も、普通の人。しかしジョン・ナッシュの人物像としては、どちらの側面も「特殊な人」として描かれてしまっている。個人的な印象としては、これはちょっとどうかな、と思ってしまった次第です。

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2004/07/03

アジのたたき

うちは土曜日に農民連の産直が来るのですが、その中に小さめの鯵が8尾入ってました。今朝水揚げされたばかりの新鮮な魚だということで、早速タタキにすることに決定!先日東海で作った腕を生かして?三枚にさばき、ネギとミョウガと和えてアジのタタキを作りました。いやー、うまかった。先日は同じように産直で入ったトビウオを刺身にして失敗したのですが(^_^;)、今回は成功でした。(因みに参考にしたサイトはE・recipe。手順ごとに写真入りで詳しく書いてあるので、初心者にはおすすめ。)

それにしても疑問なのは、なんで鰺も鰹も同じ「タタキ」なのに作り方が違うのか。鰺が「タタキ」なのは作り方から分かるのですが、なんでまず表面を焼く鰹の料理法が「タタキ」なんでしょう?だれか知っている人がいたら、ぜひ教えて下さい。

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