« 鳥インフルエンザなんてこわくない〜越南河内紀行(6) | トップページ | 15歳の春 »

2004/03/14

広島もあと3日

一昨年の11月から単身赴任生活を続けてきたのですが、それも今月で終りです。17日に家族も京都に引っ越しして、一緒に住むことになります。

私が広島に引っ越してきたのは89年。年号が「平成」になった年の4月でした。私は学生結婚で息子も就職前に生まれたのですが、その息子の最初の誕生日の前に無事広島大学に職を得て、3人で引っ越してきた、と言うわけです。最初に住んだのが広島市東区の戸坂。アストラムラインが太田川を越える祗園大橋から少し北に行ったところのマンションに、一年半ほど住みました。

その後に住んだのは、佐伯区楽々園の公務員宿舎。海のすぐ近くだったのですが、いつも静かな海で大きな波が立っているのは見たことがないような気がします。戸坂に住んでいたときも楽々園の時もご近所の人たちに恵まれて、地域の生活も子育ても楽しかった記憶が残っています。戸坂方面にはアストラムラインができ、楽々園方面には広島南道路が建設中で風景も変わりつつあるようですが、うちの家族にとっては懐かしい故郷の一つになっています。

大学が東広島市に移転してからしばらくは楽々園から通っていたのですが、94年からは東広島市の西高屋に移りました。地域振興整備公団が作った「東広島ニュータウン」に応募したら当たってしまったから、と言うのもあるのですが、ここでの生活もいろいろと楽しませてもらいました。息子はここの小学校・中学校に9年間通いましたし、妻もここで仕事を広げていろいろな経験をさせてもらいました。私は、と言えば町内会のソフトボールチームに入れてもらって、いろいろと楽しませてもらいました。

結局、広島に住んだのは15年間。私は19になる春に生まれ故郷の福島を離れたので、これに次ぐ期間を広島で過ごしたことになります。20台後半から40台の初めに至る、人生の中で最もアクティブな時代を過ごした広島は、私にとってある意味福島以上の「故郷」になったように思います。それは石川県で生まれた妻も、千葉県生まれの息子も一緒。そんな第2の故郷広島を忘れないために、これからも全力でサンフレッチェをサポートしていきたい。そしていずれはまた、広島に戻ってきたいと思っています。

|

« 鳥インフルエンザなんてこわくない〜越南河内紀行(6) | トップページ | 15歳の春 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15807/550695

この記事へのトラックバック一覧です: 広島もあと3日:

« 鳥インフルエンザなんてこわくない〜越南河内紀行(6) | トップページ | 15歳の春 »