« スポーツを語る | トップページ | 難関高校の入試問題 »

2004/02/14

スポーツを語る(続き)

山際淳司さんはエッセイや普通の小説なども書いているため、その著作を一言で語ることはできません。でもスポーツノンフィクションについて言えば、選手の心理とその移り変わりを丹念に追ったところに特徴があったように思います。そして、彼の著作はその後のスポーツノンフィクションに多大な影響を与えた。少なくとも「ナンバー」に載っている記事の多くは、その路線を踏襲しているのではないでしょうか。

もちろん、そういう内容がスポーツファンの読者のニーズに合っているのは確かだろう、と思います。テレビで、あるいはスタジアムで超人的なプレーを見せる選手達も、悩みや苦しみを抱えている。そして家族やコーチの支えがあって、それらの困難を克服して華やかな場所に立っている。スポーツ観戦にカタルシスを求める人にとっては、選手も同じように人間的な悩みを抱えている、と言うストーリーは強い共感を呼ぶものなのだと思います。

しかしそのような「ストーリー」は、誰でも同じように持っているものであるがゆえに、陳腐化しやすいように思います。そして読者に飽きられるのを避けるために、作られたものになりがちです。感動を求めてスポーツとそのエッセイを読む、と言うのが多くのファンの心理ですが、しかしそれに擦り寄ることはジャーナリズムの死をも招くことになりかねません。

スポーツは別に社会にも人生にも不可欠のものではありません。しかしその存在は、社会とも、あるいは選手と関係者だけでなくファンやその他の人々の人生とも不可分のものです。山際さんの視点(と言うよりも、そのフォロワーの視点)は一つの見方ではありますが、しかしそれだけではないでしょう。

例えば、木村元彦さんの「ユーゴスラビアサッカー戦記 悪者見参」。あるいは、佐山和夫さんの「史上最高の投手は誰か」。次に本屋でスポーツ関連の本を買うのなら、ぜひこのような本を手にしたいと思います。

|

« スポーツを語る | トップページ | 難関高校の入試問題 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15807/550676

この記事へのトラックバック一覧です: スポーツを語る(続き):

« スポーツを語る | トップページ | 難関高校の入試問題 »