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2004/02/21

しばらくお休みします

前に一度書いたのですが、今日から28日までベトナムに出張しますのでこのウェブログはお休みします。(たぶん)

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2004/02/20

頑張れ牛丼屋

今日のニュースによると、アメリカからの牛肉の輸入禁止に伴う損害を受けた牛丼屋等の外食産業に対して、融資などの支援を行うことが決まったそうです。世間では牛肉だけでなく鳥インフルエンザも鯉ヘルペスも問題で、関係業者はそれぞれ損害を受けているわけです。だからなぜ牛丼だけが、と思う人もいるでしょうが、でも吉野家などで牛丼が食べられなくなる、と言うことで店頭にお客が殺到するなど社会現象になったわけですからね。ですからこれは、珍しく国民の要求に合った政策だ、と言えるかもしれません。

だいたい昨日も書いたように、日本政府は新生銀行に8兆円もの税金を投入して当たり前、と言う顔をしているわけです。それも、そのおかげで利益を上げたリップルウッドの1兆円とも言える儲けに対して、課税すら出来ないのです。そう考えれば、アメリカ牛の輸入再開を待つ牛丼屋を助けたって、別に罰は当たらないでしょう。そしてせっかくここまで頑張ったんだから、日本政府には全頭検査をしようとしないアメリカに対して妥協しないで欲しいもの。私は別に牛丼フリークというほどではありませんが、食べるときには安くて、美味しくて、そして安全なものを食べたいと思っています。

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2004/02/19

公務員宿舎の値上げ

ちょっと前のニュースなのですが、財務省は公務員宿舎の家賃を平均25%、都心部では最大43%値上げすることを決めたそうです。また駐車場代も2倍以上の引き上げになるとのことです。

テレビのニュースを見ていると、都心部にあって格安で借りれる公務員宿舎がある、と批判的に取り上げられることが多いようです。また財務省も今回の値上げとして「民間の賃貸住宅に比べ極めて格安との指摘が強い」と言うのを理由に挙げています。確かに宿舎は国民の税金で作られた財産。これを安く貸すのはけしからん、と言うのも分かります。でも普通の公務員宿舎ってそんなにいいものなのでしょうか?

実を言うと私もつい数か月前まで、公務員宿舎に住んでいました。通勤に1時間以内の距離で、家賃は1万円以下。一見誰でも望んで入りたいのではないかと思うのですが、実際は違いました。昭和40年代に作られた建物は一度も改装されたことがないようで、シャワーは付いてないしトイレは和式だし窓のサッシはアルミではなく鉄製です。それに台所と風呂の排水の流れが悪かったのですが、クレームを付けても大家さん(つまり日本国、と言うことですが)は「自分で直せ」としか言いません。なんか、子ども時代の生活水準に戻ってしまったような感覚に襲われました。

私は単身赴任だったので何とかそれでも耐えていたのですが、いざ家族が引っ越ししようと言う段階になったらとてもとても。そういう目でまわりの住人を見てみると、みんな若いうちは耐えていても、子供が大きくなると出てしまうとのこと。実際、そんなに安いにもかかわらず部屋の6割ぐらいしか埋まっていないのです。これで宿舎費を値上げしたら、借りる人がもっと減ってしまうのは間違いないでしょう。となると、せっかくの国民の財産を無駄にしてしまう、と言うことになりそうなのですが...

世間の人が公務員を見るときには、どうしても「税金を無駄遣いしている」と言う目になってしまうのはある程度は仕方のないことだ、とは思います。でも、ちょっとニュースを見ればもっととんでもない無駄遣いがゴロゴロしています。例えば今日の話題になった新生銀行の「救済」には、なんと8兆円もの税金が注ぎ込まれたとか。そしてこれでアメリカ資本のリップルウッドが大儲けできたとか。8兆円と言えば、私程度の公務員(国家公務員全体の平均給与よりは多めにもらっているはずです)10万人を10年間以上雇える金額ですから、公務員宿舎の値上げぐらいじゃとても対抗できないはず。マスコミも公務員宿舎の家賃程度の事で叩くなら、もっと他に大事なこと、問題にすべき無駄遣いがあるのではないあ、と思います。

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2004/02/18

ほんとうの戦い

今の日本代表(U-23代表を含む)には燃えるものがない、と思っていたのです。監督への疑問、協会への疑問が多すぎて、クラブほどは愛せない、昔ほどは盛り上がらないと思っていたのです。でも、始まってみるとやはりワールドカップ予選は独特のもの。その雰囲気と緊張感は、やはり親善試合などとは全然違います。

最初の流れは最悪でした。ヨーロッパ組を呼び戻して「ベストチーム」を作ったはずが、全くのバラバラ。それぞれの個性が生きていない様子がテレビの画面からも一目瞭然でした。まあ、当然ですよね。だって合宿に参加していなかった選手が「飛び入り」してできたチームなんですから。その上国内組の選手たちは、これまで1ヶ月も拘束されて練習してきたのはなんだったの?と不満が出ても不思議ではありません。

でも、最後は「勝てないかもしれない」と言う危機感からか、やっとチームに一体感ができたような気がします。チーム全体が勝ちたいという気持ちを押し出して、前懸かりに攻めた。その結果が、ロスタイムの久保のゴールだったと言えるでしょう。そこに至るボールの流れはほんと、偶然としか言いようの無いものだったのですが、久保もよくぞあの場面で冷静に決めてくれました。

「ワールドカップで本当に厳しいのは予選である」とはジーコ監督も言っていた言葉ですが、このゲームはまさにその言葉通り。我々はこれから1年半に渡ってこの痺れる戦いを体験することになるわけで、今日のはほんの序の口です。これまでのような集中開催とは違う、長丁場のホーム&アウェイのワールドカップ予選。日本のサッカーの総合力が問われる戦いとなりそうです。

(このウェブログはサッカー以外の話題について書くという事にしていたのですが、さすがに今日は他にテーマを思いつきませんでした。)

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2004/02/17

喫煙に関する憂鬱

今日は夕食を食べに、銀閣寺近くの小さなお店に行きました。アジアンテイスト漂うちょっといい感じのお店で料理も美味しく、ああいいお店を見つけた、と思ったのですが、しかしじっくり腰を落ち着けることなくすぐに出てきてしまいました。理由は、隣に座った人がスモーカーだったから。私は少々のタバコなら我慢するのですが、その人は私のとなりに座るなり吸い始め、1本吸い終わるやいなや次のタバコに火をつける、と言う感じのチェーンスモーカー。さすがの私も耐えかねて、と言うわけです。

昨年の「健康増進法」の施行によって公共の場での喫煙が制限されるようになり、喫煙者は肩身の狭い思いをする事の多い時代になりました。私は「吸わない人」なので彼らの気持ちが分かる、とは言いませんが、しかし喫煙者は一種の薬物中毒です。おそらく、吸うことが良いことではないと自覚しながら吸っている人も多いと思いますし、実際私の知り合いの喫煙者の多くは、極力人前ではタバコを吸わないようにしているようです。

その反動なのかどうか。公共の場の片隅にある喫煙コーナーはいつも煙でもうもうとしています。また新幹線などの喫煙車両では、座席のあちこちから紫煙が立ちのぼってむせかえるばかり。いつも人前で吸わないように気をつけている喫煙者が、やっと解放されて思う存分吸う事ができる、と言うことなのでしょう。

禁煙の場が広がることで、喫煙者からの不満の声が上がることも多いようです。しかし工場の煙突から白煙を上げる事ができなくなってしまった(仮にそれが無害な水蒸気でさえ)ように、人前でタバコを吸える場所はこれからもどんどん少なくなっていくでしょう。そしてその副作用として、限られた喫煙可の場所での煙の密度はますます上がるのではないでしょうか。つまり件のお店のように、禁煙でない店だと座った途端に安心してタバコとライターを取り出すお客は増えるのでのではないか、と思います。もしそうなったら、そういうお店には行きたくないという人も多いはず。受動喫煙を強いられるその他の多くの非喫煙者と一緒に、私もボイコットしちゃいます。

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2004/02/16

東大・京大神話

昨日は東大・京大に生徒を送り込む「難関高校」の事を書きましたが、そのバックグラウンドにあるのは何か、と言うと言うまでもなく「東大神話」でしょう。東大に入りさえすれば、その子供は幸せになれると言う思い込み。それがあるからこそ、東大入学のために最適な道として難関高校へ、あるいはそこにつながる中学校や小学校、はては塾への入学を目指すわけです。

では、本当に東大や京大に入ったら幸せになれるのでしょうか。別に私は、東大や京大がいい大学でない「ふり」をするつもりはありません。「全国の大学関係予算の半分を東大が、残りのうち更に半分を京大が使っている」と言う伝説があるように、この2つの大学で使われる国費が非常に大きいのは事実です。従って平均としてはやはりこれらの大学は他に比べて施設も充実しているし、また質の高い研究者が揃っているのも確かでしょう。大学の質を「測定」する指標はいろいろありますが、そのどれを取ってもこれらの大学が上位に行くのは間違いありません。

しかし、研究のレベルが高いということと教育の質が高い、と言うことは、関係があるにしろイコールではありません。むしろ研究熱心な先生ほど教育には手を抜く、と言う傾向すらあります。少なくとも私の知る限り、教育熱心な地方大学や私立大学の先生はたくさんいますし、実際に良い学生を育てています。学生が良い教育を受けるためには、ほったらかしの傾向が強い東大や京大を選ばない方が良い、と言っても言いすぎではないように思います。

ただ、こう言う話をすると必ず「でも、社会は学歴で判断するから」と言う人がいるわけです。東大卒の肩書きを持っていた方が、社会に出たときに有利ではないか、と。確かに、それはその通りかもしれません。でもどうしても「東大」が欲しかったら、大学院に行けば良いのです。十年ほど前、文部省は「大学院重点化政策」を推し進め、東大を筆頭とする多くの大学が大学院の定員を大幅に増やしました。これによって大学院の枠が広がり、東大でも京大でも多くの研究科で定員割れを起こすほどになっています。すなわち大学に入るよりも遥かに少ない苦労で、東大の大学院に入ることができる時代になっているのです。

高校生までの頭のやわらかな時期に猛勉強することは大切だ、と私も思います。その勉強の量と質をチェックするために入試があり、それに向けて勉強する事もまた、否定はしません。しかし、それはあくまで自分の力を高めることが目的のはずです。将来何らかのプロフェショナルになるために、頭の訓練を積み重ねるのが目的なのです。それが「東大に入る」と言う一見有意義で、実はあまり意味のない目的に矮小化してしまっているからこそ、昨日書いたような妙な入試がはびこる事になるのではないか。私はそんな気がしているのです。

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2004/02/15

難関高校の入試問題

縁あって、今年の東大寺学園高校の入試問題を見る機会がありました。東大寺学園と言えば、東大に30人、京大に60人程度の現役合格を出すスーパー進学校。灘、ラ・サールに並ぶ難関校として知られていて、その受験には全国から「優秀な」子どもたちが集まるそうです。そしてその期待に応えるかのように、入試問題は超難問が並んでいます。世間の「ゆとり教育」の風もなんのその。問題の難しさは高校入試レベルを完全に越えていて、これを解ける中学生が本当にいるのだろうか、と思ってしまうほどです。

ところが、です。発表された得点分布を見ると、ちゃんと満点に近い点数を取っている受験生がいるのです。入試問題は正解のある問題を解くものなので満点がいても不思議ではないのですが、それにしてあの問題を限られた時間内で全部解ける中3生がいるとは。私は驚きを通り越して呆れてしまいました。

確かに世の中には、天才的な才能を持つ人はいます。特に数学などでは時折、中高生で大学レベルを越えた問題を解く人もいます。入試は人の才能を判定する場ではない、と言う意見は確かにその通りだと私も思うのですが、しかし本当に能力のある人は入試であろうと何であろうと解いてしまうものです。従って東大寺学園のような問題は、そういう一部の本当の天才を選別するのに役に立つかもしれません。

ただ、社会が本当にそういう一握りの天才を求めているのであれば、見つける方法は他に幾らでもあるはずです。例えばサッカーのトレセン制度のようなものを作ればいいのです。でも、実際はそうはなっていない。東大寺学園も合格者は総合得点で決めるので、「数学では超一流だけど、その他は二流以下」と言う天才を拾う確率は非常に低いように思います。そしてそもそも東大寺学園のような高校はもともとそんな指導はしていなくて、大きな目的は東大・京大に何人送り込むか、なのでしょう。従ってこれら難関校にはそこそこ優秀な生徒が集まって、そして3年間訓練して東大・京大に大量に進学することになるわけです。

東大、京大に進むことが重要で幸せな事だと考える受験生とその親はそこそこ多いのかもしれません。でもそのために、本番の大学入試の3年前にあのような問題が解けることとが必要だ、とはあまり思えません。「ゆとり教育」が良いとは思いませんが、その反対の極限にあるようなこう言う「スーパー難関高校」の存在も、意味がないんじゃないか、と思わざるをえません。

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2004/02/14

スポーツを語る(続き)

山際淳司さんはエッセイや普通の小説なども書いているため、その著作を一言で語ることはできません。でもスポーツノンフィクションについて言えば、選手の心理とその移り変わりを丹念に追ったところに特徴があったように思います。そして、彼の著作はその後のスポーツノンフィクションに多大な影響を与えた。少なくとも「ナンバー」に載っている記事の多くは、その路線を踏襲しているのではないでしょうか。

もちろん、そういう内容がスポーツファンの読者のニーズに合っているのは確かだろう、と思います。テレビで、あるいはスタジアムで超人的なプレーを見せる選手達も、悩みや苦しみを抱えている。そして家族やコーチの支えがあって、それらの困難を克服して華やかな場所に立っている。スポーツ観戦にカタルシスを求める人にとっては、選手も同じように人間的な悩みを抱えている、と言うストーリーは強い共感を呼ぶものなのだと思います。

しかしそのような「ストーリー」は、誰でも同じように持っているものであるがゆえに、陳腐化しやすいように思います。そして読者に飽きられるのを避けるために、作られたものになりがちです。感動を求めてスポーツとそのエッセイを読む、と言うのが多くのファンの心理ですが、しかしそれに擦り寄ることはジャーナリズムの死をも招くことになりかねません。

スポーツは別に社会にも人生にも不可欠のものではありません。しかしその存在は、社会とも、あるいは選手と関係者だけでなくファンやその他の人々の人生とも不可分のものです。山際さんの視点(と言うよりも、そのフォロワーの視点)は一つの見方ではありますが、しかしそれだけではないでしょう。

例えば、木村元彦さんの「ユーゴスラビアサッカー戦記 悪者見参」。あるいは、佐山和夫さんの「史上最高の投手は誰か」。次に本屋でスポーツ関連の本を買うのなら、ぜひこのような本を手にしたいと思います。

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2004/02/13

スポーツを語る

スポーツはやるのも見るのも好き、と言う私にとって、「ナンバー」がバイブル的存在だった時期があります。「ナンバー」と言うのは、言うまでもなく文藝春秋社が発行するスポーツグラフィック。スポーツそのもの、あるいはスポーツ選手にスポットを当てたエッセイ、インタビュー、評論などをメインコンテンツとする雑誌です。これを読むことによって、スポーツがより深く理解できる。テレビやスタジアムでプレーを見る以上に楽しむことが出来る。スポーツを見るための手引書として、あるいはSANFRECCE Diaryを書くための参考書として、ずいぶん役に立ちました。

スポーツエッセイ、と言う分野がいつ頃確立したのかは知りませんが(ひょっとすると「野球」と言う言葉を創造した正岡子規以来かも)、その中で大きな足跡を残した一人が山際淳司さんであることは間違いないでしょう。彼が「ナンバー」創刊号に掲載した短編「江夏の21球」は名作として名前を残しましたが、それだけでなく「ナンバー」のその後にも大きな影響を与えたように思います。

(日付が変わろうとしていますので、ここでいったん切ります。)

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2004/02/12

理想の携帯端末(続き)

昨日はデジタル機器をたくさん持ち歩かなければならなくなった、と言う話を書いたわけですが、そうなると当然、これらの複数の機能を兼ね備えた機器が欲しい、と言うことになります。実際何かと何かを統合した機械を商品化する、と言うのは日本の会社の得意技。ラジオとカセットテープレコーダーからラジカセを作ったように、いろいろな合体マシンが開発されています。そう考えると、理想の携帯端末は全ての機能を含む「統合マシン」か、と言うことになるのですが...

でもそういう機器って、たいてい機能が中途半端なんです。例えばカメラ付き携帯が普及してカメラ機能が良くなった、とは言え本当のデジカメに比べたら負けるし、ちゃんとした写真を撮ろうと思ったらやっぱり一眼レフが欲しいものです。携帯電話でもメールの読み書きはできますが、いくら打ち込みが上達したってキーボード入力にはかなわない。それに「合体マシン」は一つの機能に不満が出ても、それだけを交換するわけにはいきません。

もちろん、技術の進歩は早いのでいずれは理想に限りなく近い機器は出てくるでしょう。例えば携帯端末をインターネットとブロードバンド接続することによって、極力端末自体の負担を小さくしつつ高機能にしていく、と言うアプローチは既にあちこちで試みられています。一つの携帯端末が電話だけでなく財布にもなるし切符にもなるし、カメラにもラジオにもテレビにもなる、と言う時代はすぐそこまで来ています。

ただどんなに技術が進歩したとしても、紙に手書きする気楽さに勝るものはないんじゃないか、と私は思います。だって他人に簡単に手渡すことができますし、電池切れもありません。それに何と言っても紙は無くしても大丈夫なのがいい。もし何でもできる携帯端末があったとして、これを無くしたら悲劇です。私は新しいもの好きなのでいずれはそう言うのを手に入れたくなるかもしれませんが、それでも相変わらず紙の手帳を使っているような、そんな気がしています。

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2004/02/11

理想の携帯端末

私はこれまで電子手帳のたぐいを持ったことが無く、未だに紙の手帳を使っています。でもいつの間にか、身の回りは電子機器ばかり。携帯電話にデジカメにiPod。出張するときはPowerBook持参です。本当にそんなに必要なんだろうか、と自分でも疑問に思う事もあるのですが、でも電話が無いと連絡が取れないし、iPodは音楽だけじゃなくてバックアップデータが入っているし、PowerBookがないとホームページが更新できないし。デジカメだって普段は使わなくても、いざという場面があるかもしれません。全部持つと結構重くて大変なんですが、既にこれがないと困る身体になってしまいました。
(明日に続きます)

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2004/02/10

お肌に良いもの、悪いもの

今日のお題は「美容・コスメ」です。そうです。昨日に引き続いてネタが無いので、「カテゴリ」から適当にピックアップして書こうとしてます。

私は別に俳優でもアナウンサーでもなく、人前で顔を見せる事に特にこだわりのない普通のおじさんですから、美容やコスメには何の関心もありませんでした。でも、少々気になり出したのは数年前から。というのは顔にシミが目立つようになってきたからです。普段、鏡で自分の顔をじっくり見ることも無いので全然気にしてなかったのですが、時々色々な人から指摘されるようになり、ついには妻が「なんか病気じゃないか」と心配し出す始末。さすがにちょっとどうかな、と思うようになったわけです。

そう言う目で世の中を見てみると、シミ・ソバカスに悩んでいる人って多いんですね。テレビや雑誌を見ると、そう言う番組や記事のオンパレード。やれ紫外線が悪い、寝不足が悪い、ストレスがたまるとダメ云々、と世の中お肌の敵ばかり。逆に良いものと言えば、ビタミンCがいいとかコラーゲンが重要だとか、いろいろな流派があるようで大変です。そこで私も妻の勧めで冬でも紫外線ガードの薬剤を顔に塗り、ビタミンCが多いと言われるアセロラドリンクなんぞを飲んだりしていたのですが... ダメです。とても続きません。むしろこう言う事に気を使っていると、逆にストレスがたまりそう。こんなの目じゃないほど美容に気を使っている女性の皆さん、お疲れさまでございます。

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2004/02/09

非生物科学的ペット

ネタが無い時は適当に「カテゴリ」を探して書こうかな、と思っているのですが、一番書きにくそう(関係なさそう)なのがこの「ペット」と言うカテゴリです。なぜならこれまでペットを飼って、うまくいった試しが無いから。ペット、と言うと動物に限らず植物も同じで、金魚を飼おうが観葉植物を育てようが、たいてい途中で死んでしまったりだめになったりしてます。ものの本によると、動物でも植物でも愛情を適当に注ぐのがうまく育てるコツだとか。私も教育者の端くれなので人間を愛情を持って育てる、と言うことに関してはなんとかやっているのですが、意思が通じない動物や植物に愛情を注ぐと言うのは、今までどうもうまくいきません。

でも、「愛情を注ぐ」と言う意味では無生物でも一緒なんですよね。例えば実験装置。いつも面倒を見てやっている装置だと、いいデータを出してくれる。クルマやコンピュータでも同じです。僕は20年以上バイクに乗っているのですが、そのおかげで乗っていて調子が悪いな、となると一発で分かります。パソコンもそうで、少しでもおかしいなと思ったときに対処してやると、被害は最小限でとどまります。中学生の時に「適正テスト」と言うのがあって、そこで「あなたは『非生物学的科学』に向いています」と言う判定が出たことがあるのですが、それは全くその通りだったのかも。少なくともペットに関しては、「生物学的ペット」よりも非生物学的なものの方に向いているような気がします。

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2004/02/08

セカンド・フライト

四半世紀も前になる1970年代は、まだCDもウォークマンもない時代。音楽を聴くには巨大なステレオのセットでレコードを聞くか、あるいはカセットテープに録音してラジカセで聞くしかありませんでした。当時、レコードは1枚2,500円。再販制度に守られていたので割引は無く、新譜も旧譜も一緒の値段でした。レンタルレコード屋なんて無かったので、普通の中学生は友だちと貸し借りするか、あるいはFMの番組の録音(「エアチェック」と言う立派な名前が付いていた)しかありませんでした。

私が中学生の頃は「男はロックだ!」と言う感じで、主に聞いてたのは洋楽。レッド・ツェッペリンやディープ・パープルが格好良くて、親に頼んでやっと買ってもらったフォークギター(エレキギターなんて買えなかったし、買ってもらえなかった)でサビの部分をコピーしたりしてました。でも同じ洋楽でも、女子に大人気だった(だからアイドルバンドだとみなされていた)ベイ・シティ・ローラーズなんかを聞いてる、なんて事は恥ずかしくておおっぴらに言えませんでした。

パイロット、と言うバンドもその一つでした。ベイ・シティ・ローラーズと同じスコットランドの出身で、75年に全英No.1のヒットを飛ばすなど一時的に注目を集めていたように思います。私も何かの雑誌でこれを見て、友だちから借りたかあるいはエアチェックだったかで「セカンド・フライト」と言うアルバムをカセットテープに録音して聞いていたのです。しかし貧乏だったため(?)テープを使い回しするうちに消してしまい、その後チャンスがなかったか、あるいは友だちに貸してくれと頼むのが恥ずかしかったかで再録音する機会は巡ってきませんでした。

しかし、そう言う記憶というのは妙に心に残っているもの。また聞いてみたい、と思って何年もの間、中古レコード店に行くたびに探しています。更に昨年、何気なくamazonでこのアルバムを検索してみたら、10年ほど前にCDが出ていた、と言うことが判明しました。そこで喜んで(^_^;)注文をかけたのですが、残念ながら少し前に製造中止になっていたとのこと。中古のリクエストを出しているのですが、少なくとも今日までは出て来ていないようです。

若い頃に聞いた曲で、何となく心に残っている曲。耳にするとその時代を思い出す曲。僕にとっての「セカンド・フライト」は別に特別なアルバムではなかったのですが、長い間出会うことが無かったゆえに、特別なものに昇格したような気がします。

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2004/02/07

トラックバックってなんだろう

「すいか甘いか酸っぱいか」と言う言葉がどこから出てきたのかは忘れましたが、「食べてみなければ(やって見なければ)分からない」と言う意味で良く使われます。それは世の中にこの言葉に当てはまることは多いからなのですが、特にネット関係は多いように思います。メールを使ってみなければそのメリット、デメリットは分からないし、wwwも同じ。掲示板に書き込んでみなければその面白さは分からないし、ホームページも自分で開いてみないと分からないものです。

同じことは、ウェブログ(ブログ)についても言えます。一見すると普通の掲示板と同じに見えますが、実際には細かいところで違います。私もやってみるまではその「細かな違い」が重要だとは思わなかったのですが、やっているうちに分かってきたような気がします。日記形式でどんどん更新していくサイトのための万能ツール。それが、ブログなんじゃないかと思います。

そして、ブログがこれまでのウェブツールと一番違うのは、トラックバックの機能だと思います。私は最初、何の機能なのか良く分からなかったのですが、分からないときはやって見るのが一番。幸い、2月3日の記事に対してAll About Footballさんがトラックバックしてくれて自分が何をしなくてもトラックバックされる、と言うことが分かったので(^_^;)次は自分からのトラックバック。でも見知らぬ人相手にテストするのも気が引けるので、妻のホームページでやって見ました。昨日の記事に対するものがそれです。もちろん、あっちの記事を書いたのは「瀬戸智子」自身なのですが、内容を考えてちょうどいいや、と思って私がトラックバックしたのでした。

で、私なりに分かったことは、トラックバックとは「相手にリンクを張らせる機能」だ、と言うことです。ブログをやっている人が、他の人が書いたことに関係することを書いたとする。普通なら自分で一方的にリンクして終りなのですが、トラックバックすると相手にも自分のブログの文章の「さわり」とリンクが現れるんです。普通、相互リンクと言うのは自分がリンクして相手にもお願いして成立するわけですが、それが相手の承認不要でできるのがトラックバック、だと言えそうです。

でも、新しい機能には新しい問題が生じるのが世の習い。あるサイトによると、あるブログにトラックバックして自分がそちらへのリンクを張らないと言うのは仁義に反する云々、と言う議論もあるようです。そのうちきっと、この機能を悪用する人も増えてくるでしょう。人気サイトに宣伝のためにトラックバックをかけるとか。闇雲にあちこちにトラックバックしまくるとか。ジャンクメールの問題みたいなものが、トラックバックにも起きていくのではないか、と思えてなりません。

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2004/02/06

国立大学はどこへ行く

この4月から、国立大学は「国立」ではなくなります。いや、一応「国立大学法人」と言う名前は残るのですが、いわゆる国の大学ではなくなります。これまでは国が人件費も運営経費も全て責任を持っていたのが、これからは違う。働いている人も国家公務員ではなくなって、「法人職員」と言う労働者になります。その影響で大学の学内はいろいろと大変なのですが、でもそう言う「国立大学の行き先」は、世間にちゃんと知られているのでしょうか?これから国立大学を受けようとしている受験生や、その親たち。あるいは将来そうなる可能性のある国民は、みんなこのことを知っているのでしょうか?

昨年国立大学を法人化する法案が出たときは、マスコミでは「象牙の塔が開かれる」と言う論調が多かったように思います。国立大は閉鎖された社会で、教官はその中でぬくぬくと暮らしている。それが民間並の競争社会の中に放り込まれて活性化するだろう、国民の税金が効率的に使われることになるだろう、と言う意見が多かったような気がします。でも実際にはそんな理由じゃなくて、単に政府が公務員を減らしたい、教育や研究に使う金を減らしたいがためにこう言う「改革」をした、と言うことがこのところどんどん明らかになって来ているように思います。

「法人」になるとは言え、国から独立できるかと言うとそれはほとんど無理です。もし本当にそうしようとしたら、授業料や附属病院の受診料を大幅に値上げするしかないわけで、それはそう簡単ではありません。結局のところ国からの交付金が頼りには違いなく、そうするとお金を出してくれるところの言うことを聞かなくてはなりません。その上、国にとってはこれまで大学に対して責任があったのが、これからはそうではなくなるわけです。国の気に入らないところには金を出さなくてもいいわけです。となると、これまで以上に国(文部科学省や財務省)による大学に対する「縛り」がきつくなるのは当然だし、実際に急速にそのように動いています。

その実例は山ほどあって、例えば非常勤講師の採用を認めないとか、あるいは運営費の一律カットなど事例はたくさんあるのですが、「言っていることとやっていることが違う」例の一つが、大学間の異動が「転勤扱い」ではなく「新規採用扱い」にされようとしている事です。これは退職金を安く抑えようとする意図なのだと思いますが、そうすると誰も大学を移らなくなってしまうでしょう。文部科学省はこれまで「競争を煽って活性化するためには異動を増やす必要がある。そのために任期制を導入する」等と言っていたのですが、しかしこのことが逆効果になることは明らかです。

その一方で、大学には「理事」と言う名の高給ポストが大量に作られます。何のためかと言うと、要は官僚の天下り先です。これまではほとんど天下り先が無く旨味の少なかった文部科学官僚にとっては、嬉しくて仕方のない「改革」なのではないでしょうか。

資源少国・日本にとって、財産は「人」だったと思うのです。高い教育水準とハイレベルの科学と技術があったからこそ、世界の中で生きてこれたのだと思います。しかし今回のこの国立大学の改革は、この財産を根底から切り崩すものではないか、と思うのです。経済原理と官僚のワガママに従属するための改革。大学は、そして日本はいったいどこに行こうとしているのでしょうか?

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2004/02/05

本番に強い、と言うこと

試験とか、試合とか、発表とか。人生にはしばしば、その後の行方を左右する場面が巡ってきます。一回限りのチャンスをモノにするために十分に準備をして、いよいよ本番。しかし緊張しすぎて力を発揮できず...と言う経験は、誰でも一度は(あるいは何度でも)あるはずです。なぜ出来なかったんだろう、と後になって落ち込んだ人も多いのではないでしょうか。

しかし一方で、本番にめっぽう強い人もいます。練習ではたいしたことが無いのに試合になると活躍する選手。普段は目立たないのに、人前に立ってマイクを持つと生き生きとする人。いったい、何が違うのでしょう?

緊張する、と言う事自体は不自然なことではないと思います。犬でも猫でも鳥類でも、危険を察知すれば身構えます。人間だって「動物」ですから、未知の脅威に対する本能的な反応があるのは当然です。例えば緊張すると手に汗をかきますが、それは手に持った武器が滑らないようにするためのものなのだとか。勝ちたい、受かりたいと本気で考えているから緊張する。つまり「緊張する」と言うことは、その試合や、試験等で成功したいからこそ起きることであって、その逆ではないのです。

本気だからこそ緊張する。と言うことは、試合の相手などのライバルも同じだ、と言うことです。失敗を恐れてひざがガクガクしているのは、誰でも一緒です。本番に強くなるためには経験を積むことだ、とは良く言われる言葉ですが、それは緊張に慣れるからです。言葉を変えれば、「誰でも緊張するものだ」と言うことが分かるからこそ、本番に強くなるのだと思います。

1〜3月は受験や卒業のシーズン。試験や卒論発表などで、人生の岐路を迎える人も多いでしょう。そこで成功できるかどうかの秘訣は、十分な準備とともに程よく緊張すること、そして緊張することは当たり前だと思うこと。緊張しないように気をつけるのではなく、緊張と上手に付き合うことなのだと思います。

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2004/02/04

アドレスが変わります

今までこの"SANFRECCE Diary"のメインサイトを置いていた@niftyの「メンバーズホームページ」(member.nifty.ne.jp)が、この8月末で廃止されることになりました。これに伴って、これまでのメインサイト(http://member.nifty.ne.jp/sanfreccediary)は「アットホームページ」に移行することになります。新しいサイトはhttp://homepage3.nifty.com/sanfreccediaryで、今月中旬を目途に移行する予定です。

1997年から始まった"SANFRECCE Diary"は、最初広島大学学内のサーバを利用して始まりました。その後、NIFTY Serveのメンバーズホームページをミラーサイトとして運用してきましたが、いつからかメインとミラーの立場が逆転し、2002年の10月末には広大サイトを廃止してメンバーズホームページがメインサイトとなりました。昨秋にはxreaにもサイトを確保して、そちらは今のところバックアップ用という位置づけで運用しています。今回のアドレス変更は、広大サイトの廃止以降では最大の変更と言うことになります。

昨年xreaのアドレスを取ったときに、同時に専用のドメイン名(http://www.sanfreccediary.net)も取っています。今後もアドレスの変更等があるかもしれませんので、今後はなるべくこのドメイン名でリンクを張って頂きたいと思います。

いろいろとご不便をおかけしますが、今後ともSANFRECCE Diaryをよろしくお願いします。

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2004/02/03

みんな、言いたいことがある

何年か前に、ある大学の人(おそらく学生)から「webで日記を公開する理由を教えて下さい」と言うメールをもらったことがあります。たぶん、「Diary」と言うタイトルを見て個人の日記だと思ったのでしょう。その時私はそう言うホームページではないから、と断ったのですが、でも確かにそう言う目で見ていると、世の中には「日記」のホームページがたくさんあります。なぜ、個人的な事柄を公開するのか。実は私もその時、良く分からなかったのです。しかしその後いろいろ見聞きするうちに、なんとなく分かった気になりました。みんな、きっと何か発信したいんだな、と。

昔と今とで違うことで一番大きいのは、どこから情報が来るかと言う、その範囲だと思います。かつては自分が会える人、見聞きできる範囲しか情報源はなく、そこには自分も何か言える条件がありました。しかしその後「マスコミ」が発達するにつれてまずは国内の情報が行き渡るようになり、今や世界中の情報がリアルタイムで手に入るようになっています。分かること、は加速度的に増えていて、その範囲も大きく拡大している。しかしかつては受ける情報と与える情報が1対1の関係にあったのに、今や完全な「輸入超過」になっているわけです。それで人の精神がバランスを保てなくても不思議ではない、と思うのです。

今の日本で、社会に対して普通の個人が意見を表明するのは、そう簡単なことではありません。そして不満があったとしても、それを解決する術は(ほとんど)ありません。政治家がどんなに「改革」を唱えても実際には何も変わっていないし、選挙権を行使しても何も変化は無さそうです。でも、だから国民がみんな満足していると思ったら大間違い。その不満の一つの表現が、web上での日記の公開に繋がっていると考えるのは穿ちすぎでしょうか?

ウェブログが流行っているのは、みんな何か言いたいことがあるからなのだ、と思います。情報の洪水の中で、何か言わずにいられないから発信しているのだ、と思います。淡々とした日常の中で、自分が生きているという存在証明。それが、web上で日記が公開されている訳、なのかも知れません。

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2004/02/02

今月、ベトナムへ

今月21日から1週間あまり、ベトナムのハノイに行きます。目的は国際会議への出席です。東南アジアにはあまり行ったことが無いので、楽しみではあるのです。でも、心配なのは病気。ベトナムでは「人から人」の鳥インフルエンザ感染で亡くなった人がいるそうですし、他のインフルエンザの可能性も、SARSの可能性もあります。これまでいろいろな国に行った経験からすれば、そうめったに危ない目には合わないものだ、とは思っているのですが、今回ばかりはちょっとばかり気になります。無事に帰って来たら感想を書こうと思いますので、お楽しみに(?)

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2004/02/01

オレンジの原点

プロクラブの昇格争いを題材にしたマンガ「オレンジ」の作者、能田達規さんはサンフレッチェのサポーターとして知られています。2001年から連載が始まったこの作品は、別にサンフレッチェを意識していたわけではないようです。しかし現実のJ2での戦いと同時期に進行する昇格争いに、作者の熱い思いを感じていた人も多かったのではないでしょうか。

この能田さんの出世作とも言える作品が、94年から95年にかけて週刊少年チャンピオンで連載されていた「GET!フジ丸」です。舞台は、女子校から共学になったばかりの高校の新設サッカー部。ここにブラジルからやって来たスーパープレーヤーがチームを強くする、と言う物語で、ほのぼのした雰囲気と対照的なスピード感豊かなゲームシーンの描き方が、私は大好きでした。

Jリーグ開幕直後のサッカーブームの時期に出て、テーマがやや地味で雑誌がマイナー(失礼!)だったこともあってあまり脚光を浴びることの無かった作品ですが、設定と言い展開と言いいわば「オレンジ」の原点。残念ながら今は新刊では手に入らないようですが、もし古本屋などで見かけることがあったら、ぜひ手に取ってみて欲しいと思います。

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